エリザベス女王逝去! 次の人・チャールズ3世とは? もしかして問題児? | 人生・嵐も晴れもあり!

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エリザベス英女王の8日の死去を受け、皇太子から新国王となったチャールズ3世(73)とはどんな人物なのか。 

 

 

チャールズ国王は1948年11月14日、即位前のエリザベス女王とフィリップ殿下の長男としてロンドンのバッキンガム宮殿で生まれた。

 

ケンブリッジ大学で歴史学などを学び、70年代には空軍や海軍に入隊し、パイロットとしての訓練も受けた。  

 

世界の注目を一気に浴びたのが、81年7月のダイアナ元皇太子妃との結婚だ。

 

華やかで国民的人気の高かったダイアナ元妃との間には、長男ウィリアム、次男ヘンリーの2人の王子が誕生した。

 

だが96年に離婚し、翌97年にダイアナ元妃は自動車事故で悲劇的な死を遂げた。

 

このため一時期は「ダイアナ元妃を不幸に追いやった」イメージもつきまとい、自身の人気は低迷した。

 

その後、2005年に交際中だったカミラ夫人と再婚した。  

 

 

風当たりは長年強かったが、最近はこうした雰囲気も徐々に変わりつつあった。

 

世論調査では「チャールズ皇太子はいい国王になる」との回答がおよそ半数を占めるようになっていた。  

 

内気で優柔不断だが、ユーモアあふれる優しい性格と言われる。

 

12年5月には英BBC放送の天気予報のコーナーに突然出演し、「お天気キャスター」を務めて視聴者を驚かせた。環境問題や宗教間対話、医療など関心の幅が広く、早くからサステナビリティー(持続可能性)を企業に求めてきたことでも知られる。  

 

一方、持論が時折報じられることから、王室の政治不介入の観点から「おせっかいな皇太子」とも呼ばれてきた。

 

英政府は15年、04~05年に当時のブレア首相らに送った書簡を公開したが、内容はイラク戦争で英軍が不十分な装備のまま戦ったことを批判するものだったため、この時も「皇太子の政治介入」として議論を呼んだ。  

 

今年6月には、英国に入国を試みる不法移民らをアフリカ中部ルワンダに「移送」する政府の案について、「ぞっとする」と述べたと報じられた。

 

この時も与党・保守党からは「政治介入だ」と批判する声が上がった。

 

ダイアナ妃のダンナということで、離婚した際と、ダイアナの交通事故の際は、世界中からバッシングを受けた。

 

さらに、カミラという女性と再婚した時もさまざまな問題が。

 

チャールズとカミラの出会いは1971年に遡る。

 

知人の紹介で出会い、皇太子が一目ぼれ。

 

カミラが婚約目前だったこともあり、王室内で「相応しくない」と反対されたものの、恋愛関係は続いた。

 

カミラは2児を出産し、チャールズも81年にダイアナと結婚。

 

その後も二人の“W不倫”は止まらなかったという。

 

「次第にダイアナとチャールズはすれ違いが増えていく。92年の書籍『ダイアナ妃の真実』で、カミラはダイアナを苦しめた女性として描かれ、英国で最も嫌われる女性となった。翌年にはチャールズとカミラの電話の音声も流出し、ダイアナはカミラを『ロットワイラー犬』とまで言ったという。結局、チャールズは96年に離婚し、カミラもその前年に夫と別れた」

(同前)

 

チャールズの祖母・エリザベス皇太后はカミラを嫌悪し、エリザベス女王に至っては、「邪悪な女性」「いかなる形でも関わりたくない」と言い放ったという。

 

こんな女性が、これからは英国王室のトップの妻として今後くんりんすることになるのだ。

 

以前のウワサによれば、カミラという女性は、ダイアナ妃のように美しくはなかったが、ベッドでのテクニックは抜群で、それが理由でチャールズは別れる事が出来なかったのだという。

 

今後さらにトラブルが起こる気がしてならない。