「女のみづうみ」
原作:川端康成『みづうみ』
脚本:石堂淑朗、大野靖子、吉田喜重
監督:吉田喜重
キャスト:
- 水木宮子:岡田茉莉子
- 水木有造:芦田伸介
- 桜井銀平:露口茂
- 北野:早川保
- 町枝:夏圭子
- はるみ:益田紘子
- はるみの母:益田愛子
あらすじ:
水木宮子(岡田茉莉子)は、結婚して八年、表面上は幸福に見えたが、仕事以外に関心を示そうとしない夫の有造(芦田伸介)にあきたらなくなっていた。
彼女はいつしか若い室内装飾家・北野(早川保)と情事を重ねるようになった。
そしてある夜、彼女は自分の裸体を北野に撮らせたが、そのフィルムをホテルの帰り、暴漢に奪われてしまった。
それ以後彼女は見知らぬ男の脅迫をうけ、そしてついにそのネガ・フィルム欲しさに男の指示通りの列車に乗るのだった。
ある駅で脱線事故で止まった列車を降り、焦燥と不安にかられる彼女の前に北野が現われた。
「金で解決するより仕方がない」とすげない返事をした北野だったが、心配して追ってきたのだった。
町の旅館のふたりにまたも例の男から電話がかかった。
翌日北野は一軒の写真屋で脅迫の主と思われる桜井銀平(露口茂)を見つけた。
写真屋へかけあいに行った宮子は、好色そうな主人にすげなく断られ、ネガを手にすることが出来なかった。
桜井銀平は、以前女学校の教師をしていたが、教え子と恋愛事件を起こし、放校され世の中の落伍者として生きている男だった。夜、桜井を訪ねた北野は煮えきらない桜井に激昂し殴打した。
ところが桜井は、北野の許婚者の女子大生・町枝(夏圭子)を温泉町に呼びつけて宮子と会わせた。
北野から「奥さんのことは遊びだった」と言われた宮子は、「私だって浮気よ」と言い放たざるを得なかった。
そして家庭を守るためにもネガ・フィルムを取り戻さねばならず、再度桜井を訪ねたが失敗し、K市に行くという桜井に従った。車中かつての恋愛事件を語る桜井は脅迫者というよりむしろ愛の殉教者のようで、宮子には夫や北野より純愛に似た愛情を感じるのだった。
そして故郷へ帰る銀平に何の抵抗もなくついて行き、桜井に身をまかせた。
反面、宮子は銀平が死ねばこれまでの苦しみが消えると思うのだった。
そして思わず銀平を崖から突き落した。
迎えに来た有造と帰る列車の中で宮子は、銀平の姿を見てハッとした。
彼は「僕が愛したのは現実のあなたじゃない。あの写真の女を愛していたらしい」と言うのだった。
コメント:
原作となっているのは、川端康成の長編小説『みづうみ』。
川端の日本的鎮魂歌路線とは異質で、発表当初、好悪の分れる衝撃的な作品として受け取られ、〈魔界〉のテーマが本格的に盛り込まれ始めた小説である。
気に入った美しい女を見かけると、その後を追ってしまう奇行癖のある男が、ある聖少女の美しい黒い目の中のみずうみを裸で泳ぎたいと願う物語。
様々な女性への秘めた情念を、回顧、現実、妄想、幻想などの微妙な連想を織り交ぜた「意識の流れ」で描写し、「永遠の憧れの姿」に象徴化させている。
しかし、映画化された作品の内容は、原作とはかなり違った翻案作品となっている。
視覚的な驚きと面白さは凄い。
本作は、光と影の陰影にとことんこだわって作られている。
この頃から、岡田茉莉子の夫・吉田喜重監督の美術系なこだわりが深まって行くのだ。
冒頭からアート系の美しい画像に引き寄せられる。
見入っていると、芦田伸介が登場し、その後、代ゼミの人混みのシーンで、また現実に戻る。
その後、北陸への鉄道の旅。
汽車旅の雰囲気がいい感じである。
北陸でもアートな基調は続くが、北野が登場してからは、下世話な不倫話になって行き、アート系の映像は消える。
さらに、衣装を森英恵が担当していることもあって、ヒロインの岡田茉莉子を引き立てるすばらしいものばかり。
モノクロ映像を意識して、白と黒を交互に着ている。
頭に巻いたスカーフも、ワンピースも、オシャレでスマート。
また、髪型も、サングラスも、どれをとってもカッコ良い。
やはり岡田茉莉子という女優は、ファッションモデルとして仕事をしても超一流だと思わせる姿を見せている。
日本映画界屈指といえるだろう。
ストーリーは、女性蔑視の典型のような男たちがヒロインに絡む物語で、決して純粋な恋愛ものではないが、これも川端康風だなと感じられるシナリオになっている。
いきなりベッドシーンから始まるショッキングな映像。
岡田茉莉子が水木宮子という重役婦人で、いわゆるレスで有閑マダムなわけ。
豪邸に住んでいて、お坊ちゃんがいて、お金と時間が有り余っている。
夫の水木有造(芦田伸介)は忙しくて、また歳も歳で、宮子をかまってやらない。
だから、宮子は、北野(早川保)とかいうインテリアデザイナーとできてしまう。
そして、何度もラブホテルで逢瀬を交わすのだ。
そのラブホは、予備校の近所にあって、予備校から入り口がまる見えで…
愛人の北野は、宮子の痴態を写真に収めたがり、宮子も許す。
そのネガフィルムは宮子のセカンドバッグに入っていたのだが、逢瀬の後の夜道でひったくりに会い、奪われてしまう。
宮子は怯える。
バッグには彼女の身元を明らかにする預金通帳なども一緒に入っていたからだ。
痴態の写真だけでなく、北野と不倫をしていたことまでが世間に知られ、夫にも知られてしまうかも。
そして、犯人の男からの電話が宮子に掛かって来る。
脅しだった。
金を要求するのではない。
「会ってくれ」というのだ。
宮子は、北野に相談する。
北野は、「会うな」という。
しかし、宮子は男に従って、片山津に旅立つ。
実は、愛人の北野には、結婚を約束した女性がいたのだ。
宮子は遊ばれている。
それなのに、北野は宮子に離婚を迫り、「結婚しよう」とうそぶく。
そんなややこしい関係の男女が片山津にやってくる。
北野は愛人と過ごしてから、別の列車で宮子を追っかけてくるのだ。
なかなかのワルだ
女から見ると、わけわかんない。
さて、列車の中でサングラスの男に、宮子は会う。
その男こそが、ストーカーまがいの脅迫者、桜井(露口茂)だった。
若いなぁ、露口茂。
「ヤマさん」だよ。『太陽にほえろ!』の。
追いついた北野は、愛人同伴で宮子とご対面するし、ほんと、どういう設定なんだか。
話は早いけど。
そして、北野が宮子を守るべく、桜井に詰め寄ったり、喧嘩するという展開に。
桜井は片山津の旅館街の写真館でネガを現像するが、温泉客相手にヌード撮影会を主催するようないかがわしい写真館で、その主人に宮子の痴態写真が勝手に焼き増され、宮子はその主人にゆすられることになる。
宮子にとって、どんづまり。
北野には他に女がいるし。
夫には早晩、バレるだろうし。
宮子は、桜井といっしょに小さな旅に出る。
桜井も影のある、いい男だし、宮子も好意を持ちはじめる。
宮子は心底、男好きなのかもしれない。
男に優しくされないと生きていけないのだろう。
桜井は、あのラブホが見える予備校の講師なのだ。
そこがまた笑える。
露口茂が演じる桜井は、変質的というより、宮子に一途だということが、宮子の心を変えさせる。
海岸の破船の中で桜井と濃厚なキスを交わし、宿では、ついに体を許す宮子。
だが、情事の明くる日、岸壁に二人が立った時、宮子は桜井を突き落として殺してしまう。
そして、迎えに来た夫とともに帰京する。
しかし、その帰りの列車の中で、死んだはずの桜井に宮子は出会う。
どこまでも続く、男女の絡みをこれでもかと突き付けるシュールなお話。
夢を見ているような、ヒロインの男無しでは生きられない性(さが)を描いた不思議な映画である。
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