「鬼畜」
1978年10月7日公開。
松本清張の同名小説の映画化。
興行収入:4.9億円。
受賞歴:
- 1978年度「キネマ旬報ベストテン」第6位、同主演男優賞(緒形拳)
- 第2回日本アカデミー賞主演男優賞(緒形拳)、監督賞(野村芳太郎)
- 第21回ブルーリボン賞主演男優賞(緒形拳)、監督賞(野村芳太郎)
- 第33回毎日映画コンクール主演男優賞(緒形拳)
- 第3回報知映画賞主演男優賞(緒形拳)、美術賞(森田郷平)、撮影賞(川又昂)
原作:松本清張
脚本:井手雅人
監督:野村芳太郎
キャスト:
- お梅(宗吉の妻):岩下志麻
- 竹中宗吉:緒形拳
- 利一(菊代の長男):岩瀬浩規(子役)
- 良子(菊代の長女):吉沢美幸(子役)
- 庄二(菊代の次男):石井旬(子役)
- 阿久津(印刷工):蟹江敬三
- 水口:穂積隆信
- 貸付けの銀行員:大滝秀治
- 松山洋紙店店員:松井範雄
- 町医師:加藤嘉
- パトカーの警官:田中邦衛
- アパートの管理人:江角英明
- 主婦:檜よしえ
- 新幹線の車掌:三谷昇
- 婦警(能登南警察署):大竹しのぶ
- 能登の役所の福祉係:浜村純
- 捜査係長(能登南警察署):山本勝
- 捜査課長(能登南警察署):梅野泰靖
- 刑事(能登南警察署):鈴木瑞穂
- 刑事(能登南警察署):加島潤
- 刑事(能登南警察署):渡辺紀行
- 能登の宿の主人:山本幸栄
- 能登の漁師:井上博一
- 印刷屋の男:山谷初男
- 菊代(宗吉の妾):小川真由美
あらすじ:
竹下宗吉(緒形拳)と妻のお梅(岩下志麻)は川越市で印刷屋を開いていた。
宗吉は小金がたまったところで、鳥料理屋の菊代(小川真由美)を囲い、七年間に三人の隠し子を作った。
その後、おりあしく、火事と大印刷店の攻勢で商売は凋落した。
手当を貰えなくなった菊代は、利一(六歳)良子(四歳〉庄二(一歳半)を連れて宗吉の家に怒鳴り込んだ。
菊代はお梅と口論した挙句、三人を宗吉に押しつけて蒸発した。
お梅は子供達と宗吉に当り散らし、地獄の日々が始まった。
そして、末の庄二が栄養失調で衰弱した。
ある日、寝ている庄二の顔の上にシートが故意か偶然か、被さって死んだ。
シートのあった位置からお梅の仕業と思いながら、宗吉は口に出せない。
「あんたも一つ気が楽になったね」
お梅の言葉にゾーッとする宗吉だが、心中、ひそかな安らぎをも覚えるのだ。
その夜、二人は久しぶりに燃え、共通の罪悪感に余計、昂ぶった。
その後、宗吉は良子を東京タワーへ連れて行き、置き去りにして逃げ帰った。
長男の利一には「よそで預かって貰った」といい訳した。
お梅は利一を一番嫌っている。
兄弟思いで利口な利一の白目がちな目が、お梅夫婦のたくらみを見抜いているようだ。
何日か後、宗吉は、こだま号に喜ぶ利一をのせ、北陸海岸に連れて行った。
断崖上の草原で蝶採りに遊び疲れ眠りこけた利一を宗吉は崖下に放り出した。
翌朝、沖の船が絶壁の途中に引掛っている利一を発見し、かすり傷程度で助けだした。
警察の調べに利一は父親と遊びにきて、眠っているうちに落ちたと云い張った。
名前、住所、親のことや身許の手がかりになることは一切いわなかった。
しかし警察は利一の服のメーカーのマークが全部切りとられていたことから、事故ではなく、利一は突き落とした誰かをかばっていると判断した。
利一の黙秘に警察はお手上げになった時、偶然、入ってきた名刺屋が、利一の持っていた小石に注目した。
利一が“いしけりの石”と話すそれは、石版用の石で、インキをこすれば、消えた版が再現できるかもしれない。
警察の捜査が開始された。
移送されてきた宗吉が警察で親子の対面をした。
「坊やのお父さんだね?」
警官の問いに利一が激しく拒否した。
「よその人だよ、知らないよ、父ちゃんじゃないよッ」
手錠がかかった手を合掌するように上げて、涙を流して絶叫する宗吉の声が部屋いっぱいに響いた。
「利一ッ……かんべんしてくれ!」 。
コメント:
松本清張原作の映画として、おそらくトップ3に入るであろう秀逸な作品である。
原作者の松本清張が実話を元に執筆したという、ミステリー仕立てになっている原作。
それを、ホラー・サスペンス風のファミリードラマにした名匠・野村芳太郎監督の演出が光るヒット作である。
夫が妾に産ませた三人の子供たちを徹底的に冷遇する血の凍るような鬼嫁。
この女を演じる岩下志麻のゾッとするような視線が怖い。
この不幸の元凶であるはずの夫を演じる緒形拳の情けなくも薄情なダメっぷりも際立つ。
「鬼畜」とは、人を人とも思わない残酷で非道な行為をする人間を指すという。
確かにこの映画で描かれている内容は鬼畜と呼ぶに相応しいかもしれない。
ただ緒形拳演じる宗吉の心の弱さと、他にどうすることもできない絶望的な状況に、同情の余地はないのかもしれないが、ただただやりきれない気持ちになる。
特に長女を買い物に連れていきその場に置き去りにしていくシーン。
長女は父親の名前も住所も知らないから警察に保護されても自分のところに戻ってくることはないと考えるシーンが恐ろしくもあり、悲しい。
岩下志麻演じる宗吉の妻が子供たちに行うDVのシーンは鬼気迫っていて本当に怖い。
昔からDVや育児放棄や子殺しがあったという。
本作も、フィクションだが、東京地検特捜部で活躍した検事の河井信太郎から聞いた話がベースになっている。
著者・松本清張による話のメモが残されているようだ。
実際の事件は、骨董屋の男が妾に3人の子を産ませていたが、商売不振で仕送りができず、妾が子を連れて男の家に来るところから始まる。
その後、本妻に子を片付けろと責められ、殺害および殺害未遂を経て、松崎町で逮捕された。男は在獄中に発狂死し、本妻は在監中であったという。
こういう事件を映画化するのは勇気がいると思うが、名匠・野村芳太郎監督ならではの映像化により作品として成功している。
子供を持つ親として他人事ではない心理描写の的確さで、最後まで凄まじい強度を持って進んでいくDVホラーの傑作になっている。
緒形拳の情けない父親の弱々しさ、岩下志麻の狂気のような恐ろしいDVと育児放棄。
下手な役者であればオーバーアクト、ステレオタイプになりがちな役柄に実在感や共感を加えた演技はすばらしい。
小川眞由美が三人の隠し子を男の住む家に連れてきた放り出す姿はいかにもありそうな絵になっている。
伝法な物言いで、世の中の日陰で生きてきた性悪の女を見事に演じている。
このキャスティングも見事だ。
緒形拳は、このだらしないダメダメな親父を演じて、多くの映画賞で主演男優賞を受賞している。
殺人鬼などの演技で注目されることが多い緒形拳だが、この作品では、鬼のような怖い嫁や子供たちを平気でおいて行く自分ファーストの妾と鬼嫁の間で、子供を守れない最低の男を演じている。
「砂の器」では、かわいそうな男の子を親に代わって育て上げる健気な警察官を演じているのだが、本作はその真逆だ。
どちらの作品でも徹底的にその配役になりきっている姿は感動的である。
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