「無宿人御子神の丈吉 牙は引き裂いた」
1972年6月10日公開。
股旅ブームを捲き起した笹沢左保原作の同名小説の映画化。
原作:笹沢左保「無宿人御子神の丈吉」
脚本:石松愛弘
監督:池広一夫、瀬川淑
出演者:
原田芳雄、中村敦夫、松尾嘉代、北林早苗、水原麻記、楠田薫、南原宏治、内田良平、峰岸隆之介
あらすじ:
旅から旅へさすらい、喧嘩の修羅場に命を張る一匹狼--房州無宿・御子神の丈吉(原田芳雄)。
渡世人はその名を聞いただけで恐れた。
ある日、丈吉は、足の生爪をはがして高熱を出し、宇都宮の茶屋の娘、お絹(北林早苗)の手当てを受けた。
ところが、このお絹を如来堂の久兵衛(南原宏治)と開雲の長五郎(内田良平)が張り合っており、無理矢理お絹を連れ去ろうとするのを、丈吉が邪魔をする。
仕返しを恐れたお絹を丈吉は連れて土地を離れた。
--三年後。お絹との間に一粒種、小太郎をもうけた丈吉は、武州本庄宿で細工師として堅気の暮しをしていた。
ある日、丈吉は仕事で宇都宮を通るが、久兵衛と長五郎に捕われ残酷な私刑にあい、左手の薬指と小指を潰されるが、お絹と小太郎のことを思い耐え忍ぶのだった。
だが、その頃、久兵衛と長五郎の子分たちが、当時追われていた、国定忠治(峰岸隆之介)を逃すために本庄宿で、忠治と落ち合っていたが、偶然、お絹と小太郎を見つけ、惨殺してしまった。
丈吉の怒りが爆発した。
恋女房と息子の仇、忠治、久兵衛、長五郎を討つべく、丈吉は一度は捨てた渡世人に舞い戻るのだった。
お絹の形身の赤いシゴキを腰にまき、長脇差の封印を切る。
丈吉は久兵衛を急襲したが、渡世人・疾風の伊三郎(中村敦夫)に邪魔され、肩を斬られ河に転落した。
傷ついた丈吉は、盛助、お妻(水原麻記)の父娘の湯治場で傷をいやしていた。
ある日同宿している松次郎、お千加夫婦を鬼面の権太らが襲い、松次郎を谷底へ突き落し、お千加に牙をむけた。
丈吉の脳裏にお絹の無惨な姿がかすめた。
丈吉は怒りの長脇差を振い、無宿人たちを激退させる。
お千加は丈吉が忠治を捜しているのを知り、沓掛に住む、お千加の伯父・銀蔵を紹介する。
銀蔵は三ツ家喜十一家の代貸をしているが、喜十を立会人に、丈吉と忠治を対面すべく計る。
長脇差を喜十の子分に渡し忠治を待つ丈吉の前に現われたのは、忠治ではなく、死んだはずの松次郎こと、喜十一家の跡目をつぐ巳之吉と、久兵衛、そして喧嘩支度の子分たちだった。
丈吉が忠治を狙うのを知った巳之吉が、堅気の商人になりすまし、女郎のお千加を女房役に仕立てて、丈吉を銀蔵の所へ誘ったのであった。
勿論、銀蔵ら無宿人の襲撃も芝居のひとつだった。
巳之吉の合図で、いっせいに長脇差が丈吉を襲った。
その瞬間、丈吉の左手ののびた爪が巳之吉の眼球を引き裂いた。
素早く巳之吉の長脇差を奪い久兵衛、銀蔵を倒し、むらがる子分たちに凄絶な必殺の長脇差を振う丈吉--。
その大乱闘の中に黒い道中姿の伊三郎が丈吉の助っ人にとびこんできた…。
コメント:
原作は、笹沢左保の小説「無宿人御子神の丈吉」
原田芳雄演じる渡世人・丈吉。
この男が救った茶店の女と所帯を持ち、堅気になる。
だが、快く思わないヤクザ連中が丈吉をいたぶるだけでなく、妻子を暴行の上殺してしまう。
怒りに燃えた丈吉は再びドスを握りヤクザに敢然と闘いを挑む。
妻の形見の赤いしごきを腰に巻き、夜叉となって挑戦する様は鬼気迫るものがある。
1972年6月。当時、テレビ時代劇「木枯し紋次郎」の大ヒットで、国民的スターであった中村敦夫が、丈吉の好敵手的な役で共演している。
中村が演じるのは、疾風の伊三郎という渡世人。
黒ずくめのスタイルに、アイパッチ。
カッコいい。
伊三郎の登場シーン。
百姓の子供が、武士に殴られている。
通りかかった伊三郎に、子供の父親が「助けてやってくれ」と泣きつく。
伊三郎は、一瞥をくれて無言で立ち去る。
紋次郎の名セリフ、「あっしには、かかわりのねえことでござんす」を彷彿とさせる。
そんな伊三郎に、「何だ、こいつ……」といった視線を向けて、丈吉が駆け付けて来る。
「二本差しているからって、いばるんじゃねえ!」叫ぶや、丈吉は、猛然と武士に殴りかかる。
常に怒りをかかえる丈吉とは対照的に、伊三郎はクールだ。
九蔵の家に厄介になっていた伊三郎は、「一宿一飯の恩義」によって、丈吉にドスを向ける。
逆手切りの丈吉に対して、伊三郎はドスをフェンシングのように振り回す。
名優二人の対決は、見応えがある。
伊三郎のドスに追われ、丈吉は川に転落し、激流に消える。
中村敦夫と原田芳雄は、俳優座を退団し、劇団を結成していたことがある。
原田芳雄の語るところによると、神社の境内で、「岩見重太郎の狒々退治」を上演していたとか。
九蔵の謀略によって、ドスを奪われ、多勢に囲まれた丈吉を伊三郎が助ける。
この辺、丹下左膳と柳生源三郎のような、ライバルから同盟関係へ、といったルーティンが楽しい。
九蔵にとどめを刺した丈吉に、伊三郎は言葉をかける。
「仇は、あと二人。どちらも大物だ。気を付けなせえ」
丈吉の無言の一礼を背に、伊三郎は颯爽と去っていく。
颯々と歩く股旅姿の中村敦夫が、実によい。
この人の柄の大きさと明るさは、スクリーンでいっそう映える。
時代劇出演が多くはない原田芳雄の殺陣は華麗ではないが、逆にその不器用ともいえるドスさばき、侍剣術とは異なる渡世人剣法のド迫力で圧倒する。
本作はシリーズ化され、以降の2本へストーリーは継続する。
その作品がこちら:
『無宿人御子神の丈吉 川風に過去は流れた』(1972年 東宝、主演:原田芳雄)
『無宿人御子神の丈吉 黄昏に閃光が飛んだ』(1973年 東宝、主演:原田芳雄)