「赤ひげ」
1965年4月3日公開。
山本周五郎原作“赤ひげ診療譚”を映画化。
三船敏郎最後の黒澤明監督作品出演。
興行収入:3億6159万円。
主な受賞歴:
第26回ヴェネツィア国際映画祭 男優賞(三船敏郎)、サン・ジョルジョ賞。
第39回キネマ旬報ベスト・テン第1位。
脚本:井手雅人・小国英雄・菊島隆三・黒澤明
監督:黒澤明
キャスト:
- 新出去定(赤ひげ):三船敏郎
- 保本登:加山雄三
- 佐八(車大工):山崎努
- お杉(女中):団令子
- おなか(佐八の恋人):桑野みゆき(松竹)
- 狂女:香川京子
- 津川玄三(養生所の医師):江原達怡
- おとよ:二木てるみ
- おくに(六助の娘):根岸明美
- 長次:頭師佳孝
- 森半太夫(養生所の医師):土屋嘉男
- 五平次(むじな長屋差配):東野英治郎
- 和泉屋徳兵衛:志村喬
- 登の父:笠智衆
- きん(娼家「櫻屋」の女主人):杉村春子
- 登の母:田中絹代
- 利兵衛(狂女の父):柳永二郎
- 平吉(むじな長屋の住人):三井弘次
- 松平家の家老:西村晃
- 松平壱岐:千葉信男
- 六助:藤原釜足
- 天野源伯(まさえの父):三津田健
- ちぐさ(まさえの姉、登のかつての許嫁):藤山陽子
- まさえ:内藤洋子
- おとく(賄のおばさん):七尾伶子
- おかち(〃):辻伊万里
- おふく(〃):野村昭子
- おたけ(〃):三戸部スエ
- 長次の母:菅井きん
- 娼家「つるや」の女主人:荒木道子
- 小石川養生所の入所患者:左卜全、渡辺篤
- 竹造(小者):小川安三
- むじな長屋の住人:佐田豊、沢村いき雄、本間文子
- おこと(五平次の女房):中村美代子
- まさえの母:風見章子
あらすじ:
医員見習として小石川養生所に不承不承住み込んだ保本登(加山雄三)は、出世を夢みて長崎に遊学したその志が、古びて貧しさの匂いがたちこめるこの養生所でついえていくのを、不満やるかたない思いで過していた。
赤っぽいひげが荒々しく生えた所長・新出去定(にいで・きょじょう)(三船敏郎)が精悍で厳しい面持で、「お前は今日からここに詰める」といった一言で、登の運命が決まった。
人の心を見抜くような赤ひげの目に反撥する登はこの養生所の禁をすべて破って、養生所を首にされることを願って一人酒を飲んでいた。
そんな時事件が起こる。
養生所の薬草園の中にある座敷牢から女が脱出して捕まった。
美しいが気が狂っているその女(香川京子)は、赤ひげの見立てで先天性狂的躰質ということであった。
登は、禁を侵して足しげく座敷牢に通った結果、登は赤ひげの見立てが正しかったことを認識する。
毎日、貧乏人と接し、黙々と医術を施す赤ひげは、和蘭陀医学を学ばなければ解る筈のない大機里爾という言葉を使って、登に目をみはらせた。
赤ひげは「病気の原因は社会の貧困と無知から来るものでこれに治療法はない」といつも口にしていた。
こんな中で登は、貧しく死んでゆく人々の平凡な顔の中に、人生の不幸を耐えた美しさを見るようになった。
しだいに登は赤ひげに共鳴するようになり、赤ひげの外出に同行させられる。
松平壱岐守(千葉信男)から五十両、両替屋の和泉屋徳兵衛(志村喬)から三十両と、大名や金持ちの商人から法外な治療代を受け取り、それを裏長屋に住む最下層の人間たちの治療費に充てる赤ひげ。
彼は、社会が貧困や無知といった矛盾を生み、人間の命や幸福を奪っていく現実に怒り、貧困と無知さえ何とか出来れば病気の大半は起こらずにすむと登に語るのであった。
ある日赤ひげは、岡場所で虐待されてぐったりしている12歳のおとよ(二木てるみ)を見つけると、用心棒たちを単身で撃退して、救い出した。
赤ひげは、この娘は身も心も病んでいるからお前の最初の患者として癒してみろ、と彼女を登に預ける。
おとよは、恐ろしく疑い深く、ほとんど他人を寄せ付けない状態であった。
登は長崎に遊学中に許嫁だったちぐさに裏切られて心の傷を負っていたが、人を憎むことしか出来ず、すねてばかりいるおとよの中に、かつてのいじけた自分を見るような気がしていた。
登はおとよを自室で昼夜もいとわず看病を続けた。
やがておとよは次第に心を開いていき、登が高熱で倒れた時には枕元で寝ずの看病をするのであった。
その後おとよは、あるきっかけから長次(頭師佳孝)という7歳の男の子と知り合う。
貧しくその日の食い物にも事欠く長次のために、自分の食事を減らしてまで分け与えるまでにおとよの心は優しくなっていった。
だがある日長次の一家が鼠取りを食べて一家心中をはかり、養生所に担ぎ込まれてきた。
貧しいゆえの所業であったが助かる見込みはほとんど無かった。
おとよは、この地に伝わる井戸の中にその人の名を呼べば呼び戻せる言い伝えを信じて、必死で井戸の中に向かって長次の名を呼ぶのであった。
その甲斐あってか、長次は毒を吐いて持ち直す。
登はもはやかつての不平不満ばかりを並べる人間ではなかった。
今は裏切ったちぐさをすら快く許せるまでに成長していた。
そしてちぐさの妹・まさえ(内藤洋子)と夫婦になることとなり、その内祝言の席で、天野源白の推薦で幕府のお目見得医に決まっていたが、小石川養生所で勤務を続けたいとまさえに告げて、彼女の気持ちを確かめるのであった。
登は赤ひげと共に小石川養生所へ続く坂を上りながら、自身の決意を赤ひげに伝える。
赤ひげは、自分が決して尊敬されるべき人物でなく、無力な医師でしかないと語り、登の養生所に掛ける情熱に対して反対するが諦めないので、最後に赤ひげは登に「お前は必ず後悔する」と忠告する。
登は「試してみましょう」と答える。
赤ひげは登に背を向けて小石川養生所の門をくぐっていく。
登はその後を追いかけて行く。
その上の大きな門はちょうど、二人の人間がしっかりと手をつないでいるかのようにも見えて未来を暗示している。
コメント:
泣く子も黙る流石の黒澤明作品。
3時間(正確には185分)の長時間の大作だが最後まで引き込まれる。
黒澤映画独特の長いワンカットなので、役者の演技に深まりが出ている。
人間味満点の赤ひげはタダで地域の人達の身体の病はもちろん、心の病も面倒をみる。
冒頭の「病気は貧困と無知が生み出す」と力説する赤ひげが印象的だ。
黒澤明は予防医学と心の健康の大切さも訴えている。
気が狂った女に扮する香川京子の迫真の演技に圧倒される。
おそらくここまで役柄になり切った作品は、香川京子にとっても最初で最後であろう。
鼠捕りを飲んでしまって生死の境をさまよう長次という少年を熱演した頭師佳孝も、すばらしい。
本当にもう死んでしまうのではないかと思えるほどの凄まじい演技は、観る者を圧倒する。
黒澤明の演出のすごさが、抜きんでている力作である。
貧しい上に病に伏せる人々を必死で看病する赤ひげ・三船敏郎の存在が、ボンボンだった加山雄三を真人間に立ち直らせる。
そのシーンこそ、黒澤映画の真骨頂であろう。
これでもう、黒澤明監督による三船敏郎の作品は最後になってしまった。
残念でならない。
これだけ圧倒的なヒューマンドラマを見てしまうと他の娯楽映画が見れなくなるほどの心の満腹感に襲われる。
黒澤明と三船敏郎の最後の作品だけあって、完成度が余りにも高い。
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