「私は貝になりたい」
2008年11月22日公開。
大ヒットした中居正広の主演映画。
興行収入:24.5億円。
2008年 第21回 日刊スポーツ映画大賞 主演男優賞受賞。
脚本:橋本忍
監督:福澤克雄
キャスト:
- 清水豊松:中居正広
- 清水房江:仲間由紀恵
- 清水健一:加藤翼
- 清水直子:西乃ノ和
- 敏子:柴本幸
- 根本:西村雅彦
- 三宅:平田満
- 酒井正吉(豊松の友人):マギー
- 竹内:武田鉄矢
- 松田(老人):織本順吉
- 尾上(中佐):伊武雅刀
- 足立(少尉):名高達男
- 木村(軍曹):武野功雄
- 立石(上等兵):六平直政
- 滝田(二等兵):荒川良々
- 刑事(豊松を戦犯として連行する刑事):金田明夫
- 山口(戦犯:元新聞記者):山崎銀之丞
- 通訳(法廷での米軍通訳):浅野和之
- 列車の車掌:小林隆
- 折田俊夫:梶原善
- 折田の嫁:中島ひろ子
- 折田の母:泉ピン子
- 日高(大尉):片岡愛之助
- 大西三郎:草彅剛
- 西沢卓次:笑福亭鶴瓶
- 小宮(教誨師):上川隆也
- 矢野(中将):石坂浩二
あらすじ:
戦火たけなわな昭和19年。理髪師の清水豊松(中居正広)は、高知の海沿いの町で小さな店を開業していた。
家族は、妻の房江(仲間由紀恵)と息子の健一。
同業者の房江とは、駆け落ち同然で一緒になった仲だった。
その町に二人でたどりつき、苦労を重ねて店を開いたのだ。
そんな豊松にも召集令状が届いた。
戦局は激しさを増して、豊松は本土防衛の中部隊に配属される。
軍隊での日々の過酷さは想像を絶するものだった。
矢野中将(石坂浩二)の指揮のもと、豊松や滝田(荒川良々)のような二等兵は、上官からボロ雑巾のように扱われた。
ある日、撃墜されたB29の米兵がパラシュートで領地内に降下してきた。
矢野中将は「処刑せよ」と命じ、その任務は豊松と滝田に回ってくる。
上官からの命令は、陛下の命令に等しい。
やむなく豊松は、すでに虫の息の米兵へと銃刀を向けた……。
終戦を迎えて、豊松は高知へと帰った。
房江や健一と再会し、ふたたび理髪師として腕を振るおうと決意する豊松。
房江の胎内には新たな生命も芽生えていた。
ささやかな幸福と平和を噛み締める豊松の身に青天の霹靂が起こる。
戦犯容疑で占領軍から逮捕されたのだ。
軍事裁判を受けた豊松は、絞首刑という重い判決が下る。
わけもわからないまま、巣鴨プリズンに収容される豊松。
そこで彼が出逢ったのは、いまも続く戦火のなごりの犠牲となる人々だった。
同室になった大西三郎(草なぎ剛)は、翌日に処刑される。
次に同室となった西沢卓次(笑福亭鶴瓶)は、減刑に向けてアメリカ大統領に嘆願書を綴っていた。
高知から3日がかりで訪れた房江と健一、産まれたばかりの直子と面会した豊松は泣き崩れた。
そして、房子は減刑の嘆願のため、知人の伝手を頼って雪の中を奔走する。
しかし、その努力も報われることはなかった。豊松に処刑の日がやってきたのだ。
最後に残した彼の遺言は、「生まれ変わったら、私は貝になりたい」だった。
コメント:
「私は貝になりたい」は、1958年にテレビドラマで初めて映像化された作品。
大ヒットし、日本のテレビドラマ史上の残る名作とされている。
元陸軍中尉・加藤哲太郎の獄中手記「狂える戦犯死刑囚」の遺書部分をもとに創作された橋本忍脚本によるフィクション。
第二次世界大戦中に上官の命令で捕虜を刺殺した理髪店主が戦後C級戦犯として逮捕され処刑されるまでを描く。
岡本愛彦演出、フランキー堺主演。
第13回文部省芸術祭芸術祭賞(放送部門)受賞作。
その後、1959年4月に橋本忍の脚本・監督により、同じフランキー堺の主演で映画化された。
主人公の妻役は、新珠美千代。
興行収入は不明。
そして、2008年11月22日公開の本作が、そのリメイクである。
この映画化に際して、基本的にシナリオを書き直さない信念を持っている橋本忍が、唯一書き直したい作品であったと語り、自身では初めて脚本の改訂を行った作品として注目された。
また、福澤克雄にとっては映画初監督作品となる。
橋本が脚本の改訂に踏み切った背景の一つには、生前に前作(1959年版)の脚本を見た黒澤明が、「橋本よ、これじゃあ貝になれないんじゃないか?」と感想を述べたからだという。
同志であるからこそ率直な意見を述べたであろう黒澤がどの部分を問題視したかは不明である。
だが、この作品の脚本をめぐっては、幾多の裁判などの末、リメイク版テレビドラマの制作された1994年までに、権利者は橋本と加藤哲太郎(題名および遺書の原作者)でようやく確定した経緯もあり、加藤をはじめとする関係者の神経を逆撫でしかねない黒澤の発言に、橋本は長年悩まされていたとも言える。
橋下忍という人物は、邦画界における脚本家の巨匠である。
黒澤明作品を含め、多くの名作を残している。
代表作は、『羅生門』 / 『生きる』 / 『七人の侍』/『真昼の暗黒』 / 『張込み』 / 『ゼロの焦点』/『切腹』 / 『霧の旗』 / 『白い巨塔』/『上意討ち 拝領妻始末』 / 『日本のいちばん長い日』 / 『現代任侠史』/『日本沈没』/『砂の器』 / 『八甲田山』 / 『八つ墓村』。
このリメイクで、橋本の悩みは払拭されただろうか。
以前の作品は観たことがないので、比べようがないのだが、今回は夫婦の愛情にも重点を置いたようだ。
夫婦の愛を丹念に描写することによって、豊松の生への執着が強く感じられる。
そして、喜びと悲しみの落差が激しいほど、貝になりたくなる気持ちが激しく伝わってくるということではないだろうか。
豊松の頭を房江が坊主刈りにするシーンで、二人の馴れ初めがカットバックされる。
二人が恋に落ちてから所帯を持つまでに、様々な障壁を設定。
これらを乗り越えて、ようやく落ち着く先が見つかり、子供も生まれ親子三人の苦しいけれど幸せな生活が営まれていた。
そんな最中、豊松は戦争に取られる。
そして無事帰還したかと思うと、こんどは戦犯で連行される。
喜びと悲しみの落差が、かなり起伏激しいドラマとして展開している。
そういう意味では、貝になりたくもなる気持ちは、十分描けたのではないだろうか。
橋本忍は満足出来たろうか。
残念ながら、橋本を追い詰めた張本人の黒澤は既にいない。
しかしながら、興行収入は、24.5億円。年間ランキング11位。
これは立派な業績である。
さて、仮に脚本は満足のいくものが出来たとして、演出、演技面はどうだったか。
まず、主役の仲居君。かなり減量して役作りに励んだようだ。
それでもよく頑張っている。
仲間由紀恵は、きれい過ぎるのが難点かも。
だが、崖っぷちで夫の帰りを信じて叫ぶシーンだけでも泣ける。
ここに至るまでの妻・房江としての努力が厳しく、美しく描かれているので、ここは泣かせどころだ。
久石の音楽は相変わらず素晴らしい。
今回は最初から画面より過剰に盛り上がってしまった感があった。
それが後半、ドラマが盛り上がってくると、ようやく画面にマッチしてくる。
仲間由紀恵扮する房江が、嘆願書の署名を200人集めていくシーンは、最高に映画が盛り上がる。
ここは、名作『砂の器』で親子が全国あちこちを放浪するのに、これまた名曲『宿命』が被さるシーンを彷彿とさせて素晴らしい。
この作品は冤罪なのに、死刑を宣告されるという不条理が描かれている。
反戦の訴えは大前提としてあるが、冤罪や死刑制度の問題も考えさせられる。
そして、ラストの主人公・豊松のメッセージが重く観客にのしかかってくる。
遺書に残された、主人公の言葉は、以下の通り:
「せめて生まれ代わることが出来るのなら……
いゝえ、お父さんは生れ代わっても、
もう人間になんかなりたくありません。
人間なんて厭だ。牛か馬の方がいゝ。
……いや牛や馬ならまた人間にひどい目にあわされる。
どうしても生まれ代わらなければならないのなら……
いっそ深い海の底の貝にでも……
そうだ、貝がいゝ
貝だったら、深い海の底の岩にへばりついているから、
何の心配もありません。
兵隊にとられることもない。
戦争もない。
房江や、健一のことを心配することもない。
どうしても生まれ代わらなければならないのなら、
私は貝になりたい……」
こういうシリアスな役をやりきって、立派な興行成績を残せた中居正広。
テレビドラマでも、『砂の器』(2004年)でしっかりと主役を演じ切っていた。
この人が、なぜ俳優業を嫌ってテレビのエンタメ系の司会に徹しているのか分からない。
最近、山本五十六のドラマがNHKで放送されたが、香取慎吾の山本は、全然軍人らしくなく、予想通りつまらなかった。
太平洋戦争に突入する寸前での重要局面にありながら、緊迫した精神状況や、国を想う激情や、帝国海軍のトップになる人物らしいキリっとした軍人魂など、ほとんど感じさせるところはなかった。
絶対に、中居くんの方が演技力は上である。
役者に戻ってほしい!
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