「もず」
1961年3月1日公開。
映画界で「もず事件」として有名になった作品。
二十年ぶりに同居した母娘を描いたファミリー・ドラマ。
原作:水木洋子
脚本:水木洋子
監督:渋谷実
出演者:
有馬稲子、淡島千景、川津祐介、永井智雄、山田五十鈴、日高澄子、乙羽信子、桜むつ子、高橋とよ、清川虹子
あらすじ:
新橋裏の三流小料理屋「一福」の住込み女中・すが子(淡島千景)のところへ、松山から娘のさち子(有馬稲子)が訪ねてきた。
二人の再会は二十年ぶりで、さち子は結婚生活に破れ、美容師になるにめの上京だった。
たまたま、すが子のパトロン・藤村(永井智雄)との逢う瀬を目撃したさち子は、母のすさんだ生活を嫌悪した。
さち子が都心の美容院に職が決まった日、母の同僚・おなか(乙羽信子)がすが子が倒れたと知らせてきた。
すが子は「一福」のお女将とうまくゆかず、同僚のおてる(桜むつ子)の家に厄介になっていた。
さち子も一緒に住むことになり、病状とともに母娘の仲も良くなっていった。
おてるの叔母・一恵(高橋とよ)がさち子に縁談を持ってきた。
相手が六十の老人だというのに、さち子が見合いを承諾したことで、また母娘の仲は険悪になった。
三カ月後、母娘は阿部ツネ(清川虹子)の部屋に移った。
さち子の同僚アヤ子の紹介だった。
すが子は「一福」をやめ、藤村と手を切った。
その頃、松山から酒田(川津祐介)という青年が上京した。
彼は青年会で会って以来、さち子を愛していた。
酒田の求婚をさち子は断った。
すが子は酒田の出現を嫉妬した。
口喧嘩の翌朝、すが子は自殺をはかった。
母との生活に疲れきったさち子は、松山に帰る決心をした。
だが、すが子がまた倒れ、死の宣告をうけた。
無理して入院させたものの医療費に困った。
藤村に相談すると、交換条件にさち子の体を要求した。
万事窮したさち子は藤村に身をまかした。
その頃、すが子は息を引きとった。
母の枕もとにはさち子名儀で六万二千八百円の貯金通帳があった。
母の愛情をはじめて知ったさち子は母の亡骸にしがみついて、いつまでも泣きつづけた。
コメント:
本作は、当初は杉村春子と岡田茉莉子が母娘役での出演とされていたという。
だが、最終的には淡島千景と有馬稲子での製作となった。
これは有馬稲子が所属していた「にんじんくらぶ」が『もず』の権利を保有していたためだという。
この件は「もず事件」としてマスコミで大きく喧伝され、公開当時の1961年最大のスキャンダル事件となった。
そもそも岡田茉莉子は、松竹映画で有馬稲子とトップを張り合うライバルだった。
年齢も、有馬稲子が1年年上なだけでほぼ同年輩。
岡田茉莉子は、1951年、東宝ニューフェイスの第3期として、小泉博らと共に東宝演技研究所に入所した。
入所して20日後、成瀬巳喜男の監督映画『舞姫』の準主役に抜擢されて銀幕デビュー。
以降、父親譲りの美貌と演技力で東宝映画の主演スターとなる。
東宝に所属して1957年3月にフリーとなり、同年9月に松竹と専属契約する。
女性映画を得意とする松竹では数々のメロドラマに主演し、先に東宝から松竹に移籍していた有馬稲子と共に、松竹の二枚看板として大活躍した。
こんな経歴を持つ岡田茉莉子は、有馬稲子には異常な対抗心を示し、芸の上でも人気の点でも、彼女を常にリードすることをめざしていた。
当時の松竹では、女優もスタッフもファンもマリ派(岡田茉莉子派)とネコ派(有馬稲子派)に分かれ、お互いにライバル意識を燃やしていたといわれる。
特に「もず」の役を巡ってこの確執は一層増した。
これが、いわゆる「もず事件」である。
この頃、有馬稲子は出演作を自ら精選し、五所平之助など巨匠のもと、高質な文芸作品で好評を博しており、勝ち気な岡田茉莉子はライバルの躍進に耐えがたい焦燥感を禁じえなかったと推測されている。
実生活でも、有馬稲子は当時不可能とされた他社(東映)出演を「浪花の恋の物語」(内田吐夢監督)で果たし、共演した中村錦之助と結婚して、一気に知名度をアップさせていたのだ。
この映画は、水木洋子書き下ろしのテレビドラマを自ら映画用に脚色し、渋谷実監督が映画化した作品。
新橋の三流小料理屋で住み込み女中として働くすが子(淡島千景)のもとに、松山で暮らす娘のさち子(有馬稲子)が20年ぶりに訪ねてきた…。
20年前、さち子がまだ幼い頃、すが子は夫を亡くし、旧家の夫の親戚たちから追い出されるように離縁され、単身東京に出て来ていたのだ。
一方、さち子も松山での結婚生活にやぶれ、美容師として一流になるため、そして長年の夢だった母親と一緒に暮らすために上京してきた。
しかし、すが子は水商売の世界で生き、パトロンの藤村(永井智雄)との逢瀬を楽しんでいる。
そんな母親の姿を見て、さち子は幻滅する。
すが子はその後、さち子のためにパトロンと別れ、二人は一緒に暮らすようになるが…。
違う世界で生きてきた母と娘。
女同士の葛藤と争いが、女性脚本家ならではのリアルさできめ細やかに描かれる。
やがて病に伏してさち子を頼り、娘の結婚話が出るたびに嫉妬と不安で自暴自棄になる母。
そんな母親につっけんどんな態度をとる娘…。
本当は愛しているのに口に出るのはキツイ言葉ばかり…
この時、淡島千景は37歳、有馬稲子は29歳。
わずか8歳違いで親子を演じ、淡島千景は40歳代後半の年増の仲居を熱演している。
この淡島千景という女優の演技力は当時の日本映画界で群を抜いていた。
小料理屋の女将を演じる山田五十鈴の、温かみのない怖い女将振りが印象的だ。
こういう悪女役も山田五十鈴の得意とする役柄である。
人に嫌われる役を堂々と演じ切れるこの人の女優魂はすばらしい。
小料理屋の同僚で気のいい乙羽信子と桜むつ子も良い。
特に、乙羽信子が演じる女中は、1本ネジがゆるんだようなヒョウキンな役どころ。
こんな乙羽信子を見るのは初めてだ。
淡島千景、乙羽信子をはじめ、ほとんどが中年の女性役なので、下ネタと言うか、男日照りネタがアケスケに彼女たちの口から飛び出すのには、ビックリ。
これがまた、公開当時の場内のお客さんたちに大受けだったという。
そんなファンの方々の懐の深さを感じながら、楽しく観ることができる。
再会当初は、母親はやたらと饒舌、娘は無口、と対照的な母娘であった。
母娘の酒と男にだらしない生活を見て、娘は幻滅する。
娘は東京で美容師として働き始めるが、そのうち「母親と一緒に暮らしたい…」という願いを叶えるのだが。
終盤、娘の有馬稲子が母親・淡島千景の雰囲気に似てくるあたりは、上手い。
渋谷監督の演出が冴えている。
笑わせるところ、しんみりさせるところ、ツボを押さえた映画だった。
本作はDVDのレンタルは無いようだ。
VHSのみ、TSUTAYAでレンタル可能:
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