「風花(かざはな)」
1959年1月3日公開。
信州の身分違いの恋を描きながら、新たな人生を生きようとする人々を前向きに描く名作。
岸恵子、久我美子、有馬稲子の三大スターの初共演。
監督・脚本:木下恵介
出演者:
岸惠子、永田靖、東山千栄子、細川俊夫、井川邦子、久我美子、川金正直、川津祐介、有馬稲子、笠智衆
あらすじ:
信濃川の流れが山々の間を通り抜けると信州善光寺平である。
県道に添った名倉家で結婚式が行われ、花嫁のさくら(久我美子)、祖母トミ(東山千栄子)、兄夫婦はやがて車に分乗して出発していった。
見送っていた春子(岸惠子)は息子の捨雄の姿が見えないのに気づいた。
胸さわぎを覚え、川辺へ向かって駈け出した。
そして土手の上まで来て立ちすくんだ。
捨雄(川津祐介)が水を蹴って深みに向かっているのを見たのだ。
彼女は夢中で追いすがった。
--十八年前、春子は十七歳で、小作人の娘だった。
彼女が大地主の次男・英雄と抱き合ったまま飛び込んだのもこの川なのだ。
この許されぬ恋の決算は英雄が死に、彼女だけが生き残ることになった。
怒った英雄の父は骨壺を川に叩きつけ、春子の父は自殺した。
一人ぼっちで身重の春子は村人から白眼視され、つらい日々を送った。
外聞を気にした名倉家も、下僕弥吉の熱心な口利きで彼女を引き取り、子供を生ませた。
子は捨雄と名づけられた。
英雄の父夫婦は母子を迫害した。
名倉家には、死んだ英雄の兄夫婦に、その一人娘で捨雄より七つ年上のさくらがいた。
彼女だけが捨雄を可愛いがり、いつか彼も淡い恋心を抱くようになっていた。
その頃、さくらの結婚が決まった。
彼も心から彼女を祝った。
--女学校時代の親友・乾幸子(有馬稲子)が訪ねて来た。
彼女は学校を出るとすぐ東京へ出て行った。
それをさくらはどんなに羨んだことだろう。
幸子は画家と結婚して貧乏していた。
「私、幸せだと思っているの、恥をしのんで借金をしに来ても、私はある人を愛している」
--彼女の帰った後、さくらは今までの虚ろな生活を救っていたのは捨雄の清らかな愛情だったと改めて気づいたのだ。
その記憶を胸に新しい人生へ出発しようと決意した。
結婚前のある夜、二人は家を抜け出て川辺で会った。
純愛の記念に拾雄は舞扇を貰った。
--それを持って捨雄は深みへ進んでいく。
母は息子の名を呼び、彼は思い止まった。
悲しみがよくわかった。
母は息子と共に新しい生活をめざして、今こそ名倉家を去るつもりだと言った。
--川のそばで旅支度の親子二人が黙祷していた。
風花がしきりに散った。
コメント:
「君の名は」で一世風靡したメロドラマの女王・岸恵子が主演した北信濃を舞台にした作品。
名匠・木下恵介監督が自ら脚本も手掛けた記念すべき映画。
岸恵子の因習に負けず、息子と共に新しい人生を切り開こうとする前向きな女性の姿を演じ切っている。
この作品を単なる「メロドラマ」という紹介する記事が多いが、それは誤りである。
タイトルとなった「風花」は、晴天時に雪が風に舞うようにちらちらと降ること。
あるいは山などに降り積もった雪が風によって飛ばされ、小雪がちらつく現象のこと。
この「風花」というタイトルは、春が近づいてきていることを象徴しているのだ。
女優の岸恵子のために木下監督が書き下ろして監督した作品。
信州の田園地帯をバックに二世代にわたる身分違いの恋を描きながら、時代が変わっていくことをしっかり見せている。
北信濃の因習深い土地を捨てて、新たに生きる道を行こうとする母と息子の健気さを伝えようとしている。
旧家の次男と心中しようとしたが生き残った女・春子(岸恵子)。
その彼女と息子・捨雄(川津祐介)のつらい生活を描いている。
旧家では家長の権力が強く、その次は家長の妻だった。
家長もその妻も気位が高く、長男の嫁も春子も忍従の日々を送ってきた。
そんな中で、一緒に暮らしてきた長男の娘・さくら(久我美子)に対して捨雄は姉以上の愛情を感じていた。
そして、息子の苦しみを理解した母は、これからは因習にとらわれない人生を送ろうと決意したのだ。
さくらも捨雄も春子も、こんな古い因習に縛られた家をいつか出て行きたいと思っている。
女学校時代の親友・乾幸子を演じた有馬稲子の姿がそれを後押しする。
この有馬稲子の若く、美しく、はつらつとした演技が素晴らしい。
女学生時分の有馬稲子はおとなしい娘だったが、東京に出た後の彼女は、開けっぴろげでズバズバ言いたいことをストレートに言う都会っ子に変身している。
東京に出て新しい時代の空気を吸い、自分の好きなように、思うがままに生きようという、1959年当時の自由を謳歌する「現代女性」を表現しているのだ。
この有馬稲子を登場させることで、これから田舎の人たちも変わらざるを得なくなると木下監督は言いたかったのだ。
旧家の因習から這い上がろうとするさくらや春子親子を軽いタッチで描いている。
画像はきれいで、音楽もよくマッチしている。
最初に嫁入り場面から入り、そして過去に戻る。
所々場面の繰り返しを見せ、話を進行させていくので、わかりやすい。
松竹グランドスコープなるワイド、カラーで撮られた信濃の風景が、素晴らしい。
1940年あたりから、1958年にかけての北信濃の様子として、美しく撮影されている。
必死に新たな人生を切り開こうとする岸恵子が演じた母の姿は、多くの人々に勇気を与えたであろう。
岸恵子が国際結婚してパリに移住してから2年後の作品。
本作後も、市川崑、五社英雄、山田洋次など多くの監督が彼女を採用している。
岸恵子は、パリで夫と暮らしていた時代も、離婚後に子供たちと暮らした時代も、日本から出演依頼が来ると飛行機で飛んできて、クランクアップの後すぐにパリに戻って行ったという国際派の女優だった。
フランスでもいくつかの映画に出演しており、フランスの芸術、文化、哲学のトップの人物とも交流があって、当時のパリでは日本を代表する文化人でもあったのだ。
2002年には、フランス共和国政府より フランス芸術文化勲章オフィシエを受賞している。
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