春の山は笑うが如く
冬の山は眠るが如し
紅葉の季節には、ちと遅いが、兜山に登ってきた。
山梨県は笛吹市春日居町にある山梨百名山のひとつ。
子供達が小学生だった頃に、一緒に登ったのが最初。
それから二度三度。甲府の深草観音から要害山へ抜けたり、
奥の棚山まで行ったり、夕狩沢古戦場を歩いたりした。
冬枯れて花も虫も居ない山道を息を切らして
暫し思索に浸って登ってきた。
以下愚考。
ドライフラワーになったコウヤボウキと
オケラの花。
辛く悲しくても「倖せ」
唯一カ所、野菊が咲き残っていた。
愉快で楽しくても「不倖せ」
昭和の時代は貧乏でも幸せな家庭が沢山あった。
バブルと共に心の時代は弾けて消えて、
家族の絆が希薄になったから、
貧乏は不幸とイコールになった。
ムラサキシキブ
僅かに残っていた。
僕は辛くても「倖福」。
何故なら、自分で決めた道だから。
貧乏クジでも引いたのは自分。
勿論そう想えるようになったのは、最近のことだ。
夢の通りに歩いて来たから、
明日は野辺に朽ちぬとも、
悔いの無いように生きたい。
そんな事を考えながら下山したら、まだ13時。
虫はフユシャク以外はヒナバッタしか見つからず、
マムシグサが道標よろしく立っているばかり。
なので、お隣の古刹長谷寺さんへ寄る。
エナガとコゲラに会う。
ジョウビとウグイスが藪陰にチラリ。ルリビタキは声だけ。
出てきたのはソウシチョウでガッカリ。
複雑な想いが交錯する中、石段を下りれば・・・
一輪の徒花、帰花。菫が咲いていた。
よく咲いてた。よく見つけた。出会いってこう云うことなんだろう。