南沙織 『想い出通り』 (1975年)
作詞:有馬三恵子 作曲:筒美京平 編曲:萩田光雄
筒美京平ウォッチャーの第一人者である近田春夫氏が、かつて、「筒美作品を好きな順でランキングするのは迷う。その日の気分によって変わるから」という趣旨の発言をされていたが、私も同感である。
すべての筒美作品についてランキングせよと言われたら躊躇するだろう。愛すべき曲があまりにも多く、ジャンルも多岐にわたるからである。
聴くときのシチュエーションごとに好きな曲が存在するといっても過言ではない。
南沙織さんの『想い出通り』は、陽射しがまぶしく、薄着で過ごせる爽やかな頃合になると、決まって聴きたくなる曲。 最も好きな曲(の一つ)と言ってもいい。
まずこの曲のリズムが好き。1拍3連系の四拍子である。
(※いわゆる「ロッカバラード」か?リズムを表す用語は結構あいまいで困る)
ベースラインの動きがいかにもロッカバラード風だが重くはなく、全体として軽快なノリに仕上がっている。
フレンチポップスの名曲『オー・シャンゼリゼ』もそうだが、3連音符でスキップするようなリズムは、ウキウキとした気分で「歩く」ような動作の表現にぴったりだ。
『オー・シャンゼリゼ』(南沙織)を聴く→
『想い出通り』は、もう少しゆったりしているが、まさに街を闊歩する曲なのである。
街を闊歩する・・・といえば、超ローカルネタで恐縮だが、神戸三宮のさんちかタウンのテーマ曲 チェリッシュ『愛の風景』 (作詞:林春生 作曲:馬飼野俊一)も1拍3連系の四拍子である。
さんちかタウンのテーマ曲を聴く→
さんちかタウン(笑)を歩いてるような気分になっていただけたであろうか?
さて、 筒美センセの『想い出通り』は、歌詞、メロディー、コードのマッチングがいつもながらに素晴らしい。使用しているコード自体に奇抜なものはない。しいて言えばBm(G調におけるⅢ)の多用が挙げられるだろうか。Ⅲの和音は、長音階の曲にちょとした切なさを付加する。
今回はメロディーのアクセント(強勢)についてみてみたい。
小節の頭からフレーズが始まるものを“強起”という。強起のフレーズは、弱起に比べ、ストレートさ(率直さ)や積極さを感じさせる傾向にある。つまり、まわりくどさ、もったいぶりの無いフレーズということだ。
この曲は、拍をまたがるシンコペーションの頻度も少ない。これは拍の先頭に素直にアクセントが来ることを意味する。
次に歌詞を見てみよう。「恋人」、「底抜け」という単語は、
というように先頭の音節にアクセントがあると考えられる。ここでいうアクセントとは強勢(Stress)のことであってイントネーションのピークではない。これら単語のアクセント位置は、第1拍目と第3拍目に一致する。
南沙織さんがそのポイントでとりたてて力んで歌っているわけではないが、「恋人」の「こ」、「底抜け」の「そ」に自然にアクセントが入っているはずだ。(アクセントがあると思われる位置に>マークをつけてみた)
さらに、この曲は、
・比較的音符がつまった「密」 (1小節)
・比較的音符がまばらな「疎」 (1小節)
を「密」→「疎」のようにつなげてモチーフ一単位とし、交互に並べるというルールにおおむね支配されている。(※サビ部は幾分、変則的である。)
「密」の部分は歌詞アクセントと拍子との一致が顕著で強く押し出す区間である。対して「疎」の部分は少し力をぬくようなニュアンス。「急」→「緩」という表現でもいいかもしれない。
これらの特性が、のっけからたたみかける印象を持たせ、底抜けな明るさ、遠慮のない屈託の無さの表現に一役買っていると推測する。
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♪遠慮を知らないあの若さ ひと時代まえね~♪
もう、ひと時代どころではなくなってしまった1975年。戻れるものなら戻ってみたい・・・
(※後日加筆訂正する場合があります。)
南沙織 『想い出通り』 (1975年)