日常の中で異常を経験した時の考え方 | 虹色の空に金色の風

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こんにちは

ある歌から気づきがあったのでその紹介です。

みなさん「待ちぼうけ」という歌をご存知でしょうか?

ある農民が畑仕事をしていた時、
畑の脇にあった切り株にウサギが激突して死にました。
次の日からまた切り株にウサギが激突すると思い、
畑仕事もせずに”待ちぼうけ”の日々を過ごします。
しかし、ウサギが激突することなく月日が流れ、
畑は荒れ果ててしまいました。


要約するこんな感じの歌です。
これは、”日常の中で異常を経験した時”の考え方が学べます。
異常とは非日常と置き換えてもいいのですが、
文章が読みづらく感じたので異常という表記にしました。


何事も”備える”事が大切であるというのは、前々から書いていましたが、
この”備える”を異常な事まで含めて備えるとどうなるでしょうか。
まさに”待ちぼうけ”の歌の状態です。

では、
異常な事には”備える”必要はないのか?
そんなことはありません。
”備える”事でシフトが起こり、
その異常は回避したり、別の出来事となるので必要な事です。


このさじ加減が難しく感じますが”待ちぼうけ”の歌で考えるとどうでしょうか。

ウサギが切り株に激突した異常と、
畑仕事をするという日常があります。

畑仕事でいう”備える”は穀物を作り、食糧を備える事です。

この歌に出てくる農民は、
穀物を作り、食糧を備えるという日常を壊して、
切り株に激突する異常に備えてしまったのです。


これは、異常に備えすぎている状態です。

穀物を作り、食糧を備えながら、
切り株に激突する異常にも備えるのが丁度いいわけです。


異常な事にも”備える”事は必要ですが、
日常の”備える”を壊す必要はないのです。

今できる事をすれば良いのです。


メッセージ、コメントお待ちしています

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今回は歌からの気づきを記事にしてみました。
私自身は情報断ちをしているのでテレビやNETから
情報は入ってこないのですが、
異常な事の情報はたくさん流れていますよね。
その情報を鵜呑みにして異常な事に過度に備えてしまうと、
今回の”待ちぼうけ”状態になってしまうと思うのです。


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