NHK朝ドラ「虎に翼」感想(2024年05月) | 悠志のブログ

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ぷくぷくぷくぷくぷくぷく。

 

 第5週「朝雨は女の腕まくり?」

 演出:安藤大佑。

 今週は、痛快無比の裁判劇だった。

 共亜事件と呼ばれる汚職事件の被告の一人として起訴された直言。不正な株取引で得た金を政界にばらまいたとする贈収賄事件。先週の最後で思ったのは、直言らのことを、有罪であることを前提に論じたものだったが、事の真相は現・内閣を総辞職させるための、裏工作による事件のでっち上げだった。戦前の裁判制度では〈予審〉というものがあって、これは検事と一人一人の被告が個別に取り調べを受けること。それには弁護人の立ち合いも許されない。こんな不当な裁判制度が戦前には行われていた。直言ら被告はそれぞれが、他の全員は自白している、あとはお前がすれば量刑は軽くなると唆され、自白を強要された。革手錠をされた直言は、言葉による暴力まがいの詰問に昼夜さらされ、根負けして、やってもいない罪をやったと自白してしまった。

 その頃、猪爪家では、新聞記者が玄関前に待ち伏せしているせいで、大学へも通えず寅子は悶々とする日々。そこへ花岡と穂高教授が隣家の塀を越えて、裏口からやってきた。用件というのは、穂高教授が直言の弁護人を買って出た、そのことを言いに来たのだ。こんなに頼もしい味方がいるだろうか。寅子にしてもはるさんにしても、ありがたくて涙の出るような想いとはこのことだろう。学生の本分は学業に邁進すること。学校に来なさい、と教授はおっしゃった。大学に行くと、学友たちが欠席した分のノートを用意してくれていた。もうそれだけで胸がいっぱいの寅子。

 時代は日中戦争前夜、政界に右翼の黒幕が暗躍する時代だ。共亜事件をでっちあげた張本人、水沼貴族院議員は、おそらく右翼の大物だろう。満州事変を起こしたり、五・一五事件や二・二六事件を陰で操ったりした輩の一人に違いない。戦争への道を、急坂を転げ落ちるように、舵取りされていった日本。こういう輩の思いのままに政局は流転していった。(戦前のこういう混沌とした政界の人間模様はまさにカオスで、ひと言で語れるものではない。単純にこうだと言えない時代の空気が、次第に人民を黙らせ、破滅への道を駆け下りていったのかも知れない。)

 予審で罪を認めた以上、それを覆すのは極めて困難なことです。と、月曜の放送回のナレーションにあった。やった。やってしまったと、家族全員の前で謝罪する直言。私がやりました。と、そのことしか言わない。弁護人を請け負ってくれた穂高教授の前でも、いつ、どこで、どのように罪を犯したのか。その説明が一切ない。こんなものを信じろと言われても、信じるわけには行かない。教授は寅子に宿題を出した。直言君に何があったのか、そのことを聞きだしてほしい。真実はどこにあるのか。それは直言だけが知っている。

 当時の思想弾圧に関しての特高の取り調べは、苛烈を極めたというのは小林多喜二の話。拷問も行われ、腕に畳針を刺すようなことも実際やっていたらしい。

 寅子は教授から調書の書き写しを頼まれる。徹夜覚悟でやらねばならぬ作業だが、学友たちが助け舟を出してくれた。

 頑としてほんとうのことを言わない直言に、どうすればいいか、思いあぐねる寅子。その時、彼女の脳裏にひらめいたことがあった。はるさんが日記のようにつけていた「主婦之手帖」。これに突破口を見いだしたのだ。家族会議ならぬ家族裁判。検事調書と、はるさんの主婦之手帖との齟齬が、精査してみたら合計14ヶ所もあった。これは直言の無罪を立証する有力な証拠に他ならない。それでも直言ははるさんが記憶違いをしていたのだと言い張るが、はるさんほどの賢い妻が間違いをするわけがないことは、家族がいちばんよく知っている。それでとうとう直言が白状した。自白はすべて嘘。それでも裁判にあたっては罪を認めると、直言は言うが、これで教授の意志は決まった。依頼人・直言の無罪を主張するというのだ。起訴された他の依頼人の弁護人たちがざわめいた。これはおもしろくなってきた。

 桜川涼子(桜井ユキ)が父親に調べてもらった、若島大臣邸への訪問記録に、直言が訪問したとの記載が無いこと。これも有力な証拠となる。

 直言の無罪を勝ち取るために、自分のことを記事にしてもらおうと、帝都新聞の記者にかけあう寅子だが、これはまさに〈盲蛇に怖じず〉。右翼の黒幕が暗躍するこの事件、娘一人を〈消す〉くらい、奴らにとっては蚤を潰すより楽なことだ。関東大震災のどさくさに大杉栄や伊藤野枝を殺した某(名前を知っていますが敢えて隠します)や、政治家の山本宣治を暗殺した右翼の某もこういう連中だ。

 ごめんな、寅。公判の罪状認否で直言はそう言った。彼は寅子が暴漢に襲われたことをそれまで知らなかったのだ。一転して罪状を否認した直言。審理に一縷の希望の光が射した一瞬だった。

 検察の主張は、振りかえってみれば推論に次ぐ推論。自白を盾にして、起訴事実の矛盾点を認めようともしない。自傷の恐れがある故、革手錠をさせて被告を訊問したと主張する検察だが、調書には自傷の事実は一切記されていないのに、検事は自傷の事実を鮮明に記憶していると言い、「看守が安全のため、自らの判断で(革手錠を)やったまでのこと」と主張。この瞬間、寅子が大声をあげた。どうしたかな。と、教授が尋ねると、彼女はひと言、「監獄法施行規則、第49条」です。

  戒具ハ典獄、刑務所長ノ命令アルニ非サレハ之を使用スルコトヲ得ス。

 看守は、暴れる依頼人を置いて取調室を離れ、所長の許可を得て手錠を持ってきたのですか。看守が規則を破ってまで手錠を? 取調室にいるあなた(検事)の指示なくて、そんなことをできるはずがない。

 これに対して検察がどう答えたか。

 「記憶が定かではない」ときた。さっき「鮮明に憶えている」と言ったばかりではないか。

 これで一気に流れが変わった。マスコミも世論も味方についてくれた。

 水沼議員の圧力が桂場判事の首根っこを押さえに来たが、戦後最高裁判事になるような人格者が、圧力があったからって、判決を左右するはずがない。……とは思ったけれど、この判決にはドキドキした。

 被告全員無罪。しかし判決理由がまた、名文だった。

 検察側が提示する証拠は自白を含め、どれも信憑性に乏しく、本件において、検察側が主張するままに、事件の背景を組み立てんとしたことは、あたかも水中に月影を掬い上げようとするかの如し。すなわち、検察側の主張は、証拠不十分によるものではなく、犯罪の事実そのものが存在しないと認めるものである。

 今回は、ストーリィを書いただけで終わってしまった。けれども最後に寅子が法律の何たるかがわかってきたと言わせるセリフがあった。寅子の将来を左右するような重要なセリフに見えたけれどこれからどうなってゆくのだろう。まだ戦争もある。寅子の活躍を期待したい。

 今週はほんとうにおもしろかった。こんな痛快な裁判劇を、戦前のこの時代に設定してくれた、原作の吉田恵里香さんと演出の方、制作統括プロデューサーを讃えたいような気持がしたのだった。

  胸のすくやうな判決いなびかり  悠志

 

 

 第6週「女の一念、岩をも通す?」

 演出:安藤大佑。

 高等試験、初挑戦の寅子は、不合格。そのメカニズムは後で桂場判事から知らされるが、同等の得点の場合、男子は合格になり、女子は不合格になる。他者を遥かに凌駕する成績を残さない限り、合格は無理だとわかった。こういう不平等な評価(査定と言うか)が公然と行われていた。

 崔香淑(ハ・ヨンス)とその兄・潤哲(ユン・ソンモ)が特高に目を付けられた。特高は、捜査のためだったら人殺しも平然と行う(NHKの演出家だった佐々木昭一郎の父親を殺害したのも、特高の刑事で間違いないと思う。そのことは彼の作、ドラマ「七色村」や映画「ミンヨン倍音の法則」にも出てくる)。崔さんは、高等試験に自分が合格する可能性がゼロなことを百も承知でいた。学友たちの後押しをするために学校に残って学んでいた。潤哲の働く出版社では、リベラルな本を作っていたのだろう。当時は戦争に協力的な本以外、作らせてもらえなかった時代だ。僕も「蟹工船」を読んだことがあるが、徹底的な写実主義に貫かれた文章で、もっとも高揚したのが、ロシア革命初期の共産主義を説くくだりの解放感に満ち満ちた自由闊達な文章だった。あれを罰する考えしか浮かばない当時の体制側の姿勢には、絶句する他はなかった。当時のアメリカでも〈赤狩り〉は公然と行われていて、中でもサッコ・バンゼッティ事件は映画にもなった。僕もこの映画は大昔に見たことがあり、憶えている。

 崔さんが去り、涼子さまが婚約し、梅子さんが離婚して、試験場には先輩(中山さん)と優三さん、轟くんとよねさんと寅子だけが向かった。筆記試験には全員が合格。口述試験にも合格した寅子だったが、それは待ち望んでいた景色とは全然違っていた。よねさんが落ちた。優三さんも落ちた。

 晴れて合格して、方々からおめでとうを言われたが、おめでたくない。悦ぶ気にはなれない。合格祝賀会の席での、寅子はこんなことを言った。

 私はずっと一番になりたくて頑張ってまいりましたが、自分がこの国で一番優秀だとは全く思えません。昔から私は自信過剰、負けず嫌い、ひと言多いと言われてきましたが、この場に私が立っているのは、私が死ぬほど努力を重ねたから。でも高等試験に合格したぐらいで、自分が女性のなかでいちばんなんて、口が裂けても言えません。志半ばで諦めた友。そもそも学ぶことができなかった、その選択肢があることすら知らなかったご婦人方がいることを、私は知っているのですから。でも今、合格してからずっともやもやしていたものの答がわかりました。

 私たち、凄く怒っているんです。法改正が為されても、結局女は不利なまま。女は弁護士にはなれても、裁判官や検事にはなれない。男性と同じ試験を受けているのにですよ? 女ってだけでできないことばかり。まあ、そもそもがおかしいんですよ。元々の法律が私たちを虐げているのですから。生い立ちや信念や格好で切り捨てられたりしない、男か女かでふるいにかけられない社会になることを、私は心から祈ります。いや、みんなでしませんか? しましょうよ! 私はそんな社会で何かのいちばんになりたい。そのために佳き弁護士になるよう尽力します。困っている方を救いつづけます。男女関係なく!

 この場面。伊藤沙莉の長ゼリフがたいへん立派で、胸を打つものだったことをここに書いておく。

  司法の道花咲け闘志もつ君よ  悠志

 

 

 第7週「女の心は猫の目?」

 演出:梛川善郎。

 優三さんは直言の経営する会社に住み込みで働くべく、猪爪家を出ていった。それはともかく、また今週、演出が梛川氏に代わって、ユーモラスな演出が目立つ。ほんの些細な演出にウィットとユーモアが隠れている。ことにナレーションを上手に使っていて、伊藤沙莉や他の助演陣の演技によって、いっそう面白くなっている。

 火曜日の放送で、寅子と花岡の夜の場面で、永い沈黙のある個所があった。その前に、「駅まで送ってゆこうか」という花岡に、「ううん、ちょっと事務所にもどってから帰る」と応える寅子。ここは痛恨の場面だった。首を縦に振っていたなら、花岡はもしかするとプロポーズのひと言を言ったのではないか。そんな気がした。花岡の落胆が、うしろ姿のまま手を振って見せる演技にみえていた。

 修習生を経て、晴れて弁護士になった寅子。だが、来る日も来る日も依頼人に弁護を断られる。いつもは強気の寅子だけれど、今度ばかりは、きもちがしぼむ。

 結婚前のご婦人に頼みたいのは、弁護より、お酌だろうな。

 雲野さんもそう言って苦笑い。寅子も認めたくはないが、世の中の風潮がそういうものなら、社会に順応するためには、やらねばならない。つまり、やらねばならないのは、婚活、つまり結婚。独身の女性は、信用がならないのだ。

 久保田さんの法廷デビューに、帝都新聞の例の記者がこんなことを言って、嘲った。

 男どもは徴兵されて、どんどん戦争に行く。社会機能を維持してゆくためには、これから女性がさまざまな役割を担わなければならなくなる。挙国一致の総動員体制。お国のために輝かしく法廷デビューしたご婦人弁護士様(笑)。

 婚活・お見合い相手を探してもらう寅子。だがもう寅子は20代後半。行き遅れだ。花岡の婚約。この話に連想したのは、夏目漱石の「吾輩は猫である」に出てくる、苦沙弥先生の教え子、水島寒月君だ。あの金田家の、娘、富子といったか、縁談が進んでいたのに、一旦帰郷すると、国で嫁を世話されて、勝手に結婚して東京に戻ってきた。富子とのロマンスなど無かったような貌をしている。

 観客のひとりとして、今週ずっと心のなかで呟いていた。婚活するまでもなく、相手ならいるじゃないか。優三さん。優三さんじゃダメなのか? 寅子が気づいてくれてよかったが、優三さんが、寅子のことを憎からず思っていたことはわかっていたし。

  初夜ふたり正座に語り合へり夏  悠志

 

 

 第8週「女冥利に尽きる?」

 演出:橋本万葉。

 今週、出演者の着衣の変遷が甚だしい。女性陣は和服に割烹着だったものが、もんぺに変わり、男性陣も背広から国民服になった。

 法律を悪用する者がいたり、法律で禁じられているのを知りながら、生きてゆくために犯す者。生活に苦しむものを援けたい。だが、折しも寅子は妊娠し、多忙が祟って貧窮者を救う、ただそれだけのこともできなくなってゆく。だが久保田先輩が去り、もう一人の中山先輩も弁護士をやめた。もう自分しかいない。じぶんがやらないで誰がやるんだ。だがこうしているあいだにも、どんどん追いつめられてゆく寅子。

 直道の出征が決まった。鯵の味醂干し? 大根と人参のなます、豆腐と茄子の田楽? すまし汁。麦酒。このご時世では見られなくなったご馳走が並んだ。

 旅立つとき。花江は直道を抱きしめた。公衆の面前で若い男女が抱きあうなんて。たとえ夫婦であれ、公序良俗に反する行為だとされていた。そのことが近所のご隠居さんのセリフでわかる。こういうとこ、些細だが当時の世相が描写できている。

 寅子の妊娠がわかって、よねのキレる場面があった。

 

 勝手に使命感に燃えて、「やめていった仲間の思いを」だなんて、くだらないと思っていた。べつに結婚したけりゃすればいい。こどもが産みたきゃ産めばいい。勝手にしろ。いちいち悲劇のヒロインぶりやがって。自分一人が背負ってやってるって顔して、恩着せがましいくせに、ちょっと男どもに優しくされたらほっとした顔しやがって! お前には、男に護ってもらうそっちの道がお似合いだよ。(中略)女の弁護士は必ずまた生まれる。だから、こっちの道には二度と戻ってくんな。

 

 言われなくてもそのつもりよ。そう言い残して、寅子は去っていった。

 弁護士をやめ、一介の主婦になった寅子。弁護士の仕事道具、六法全書をしまう時、さすがに泣けてきた。優三は何も言わなかった。寅子が家庭に入ったことで、花江が救われた。直道のいない寂しさを寅子が癒してくれた。寅子の子、優未。ねんねこ袢纏にもんぺ姿の寅子。娘が生れてしばらくして、優三に赤紙が来た。寅子とふたりっきりになった時、永遠にお別れみたいなことを言う優三。誰も死んでほしくない。生きて帰ってきてほしい。最後の金曜日にかかった英語の歌が美しかった。

  死地へ征くひとよ生きよ帰り花よ  悠志

 

 

 第9週「男は度胸、女は愛嬌?」

 演出:安藤大佑。

 今週、寅子、つまり伊藤沙莉の表情の変化が甚だしい。 

 今週は、昭和20年3月10日深夜の東京大空襲からはじまる。カフェー燈台のマスターとよねさんが死んだと聞かされた。同年7月。猪爪家では、直道が死んだ。死亡告知書が届いた。日付は同年7月18日という記入があった。南西諸島、ということは沖縄戦の頃、死んだ可能性が高い。

 日本は敗けた。けれどそれよりも、身内や身近なひとたちが亡くなってしまったことが身にこたえた。直明が岡山から帰ってきた。第六高等学校だったのだろうか。帝大へ行きたいなら高等学校へ行かねばならないから、そうだろう。直言の会社・登戸火工も陸軍からの注文がなくなって、廃業へ追い込まれた。今は内職仕事のようなことをして、ほそぼそと暮らしている。

 直言が優三の訃報を隠していた。知らせが届いてから半年も隠しつづけていた。告知書には中国遼寧省方面ニテ戦病死とあった。遼寧省は大連のある処。つまり内陸ではない。昭和21年4月30日と記入があった。引き上げ途中で病気にかかったのだろう。

 あの寅子が、生きてゆく気力を失くしかけている。というか、頑張らなきゃ、頑張らなきゃという生きる気力が空回りして、疲れ果ててしまったのだ。この場面での伊藤沙莉の表情の演技が胸に沁みた。

 栄養失調と肺炎のため、寝たきりとなった直言が家族を呼んで、言った。花江はもう猪爪家の人間。だからいつまでもここにいていいし、好きなひとができたなら、その人の処に嫁いでもいい。

 それに対して言った、花江の言葉がすばらしい。

 

 お義父さん、今する話、それじゃないです。トラちゃん、私ね、やっぱりお義父さんがやったことはとんでもなくひどいと思う。優しくする必要なんてない。怒ってもいい、罵倒してもいい。トラちゃんはきちんと伝えるべきよ。お義父さんとは生きているうちにお別れできるんだから。

 

 このあとの直言の懺悔の場面のあと、事切れたようにみえた直言が、ただ寝ているだけだったと分かる場面が、直言らしくて情けないような、いい場面だったと思う。

 

 優三の遺品を持ち帰ってくれた復員兵の方の訪問があった。それは寅子がつくった御守だった。戦病死を知ったあの日から、寅子は涙を流す余裕も無かった。お母さんが、直言の形見のカメラ(ローライフレックスだろうか、舶来の高級カメラにみえた)をお金に替えて、これで何かおいしいものを食べなさい。優三さんを喪ったかなしみにゆっくり向き合いなさい。このお金で寅子は闇市に行き、焼鳥とどぶろくを買った。でも食べずに帰ってしまおうとする寅子に、焼鳥の小母さんは新聞紙に包んだ焼鳥を、勿体ないからちゃんと食べて元気出しなさいと、追いかけてきて手渡してくれた。幸運はこういう時、不意に訪れるのだろう。かなしい寅子の眸に映ったのは、新聞に載っていた日本国憲法の条文だった。読んでいて涙があふれてきた。このものがたりのファースト・シーンがここに甦った。これは優三さんの想いが、寅子に見せてくれた僥倖だったのかも知れない。

 帰宅して寅子が行った家族会議。直明に、

 

 あなたは大学へ行き、勉強しなさい。学費なら、私が稼ぐ。日本は変わったの。新しい憲法が公布されたの。国民一人一人が男女や貧富にかかわらず平等で、基本的人権をもち、幸福を追求する権利がある。大黒柱になんか、なる必要はないの。必死になって勉強しなさい。自分の幸せをつかむために、努力するの。

 

 というようなことを言った。

 寅子は司法省へ行った。裁判官になろうというのだ。ここもファースト・シーンにあったが、ここで初めてその意味が分かった。

  焼鳥をつつむ新聞文化の日  悠志