あのとき感じていた違和感に、

私はまだ名前を持っていなかった。




悲しさも、

悔しさも、

怒りも、


確かにそこにあった。





でも

それをどう呼べばいいのかも

どう受け取ればいいのかも

分からなかった。





ただ

胸の奥が強く痛んでいた。





私はその感覚を


「気にしすぎなのかな」


「受け取り方の問題かな」


そうやって、

自分の中で処理しようとしていた。





当時の私は、

自分の感情よりも

相手を優先する癖があって、




自分が傷ついたと認めたら

何かが変わってしまいそうで、



傷ついていることを

うまく認められなかった。







でも今なら分かる。




あれは

私が大切にしていた場所に

触れられた感覚だった





それは

誰かに見せるためのものじゃなくて、





ただ

「私は、私の人生を生きてきた」

その実感みたいなもので。







本来ならそれは


こんなふうに主張するものじゃなくて、





ただ、そこに在っていい感覚だった。








触れられなくていい場所ほど、

触れられたとき、いちばん痛む。