知識は増えたのに、

心はどこか置いてけぼりのまま。


心理学を学んで、

自分のことや心の仕組みが、

前よりずっと分かるようになった。


それなのに、


いざその場面になると、

思うように動けなかったり、


気づいたらまた、

同じ反応をしている。


言いたいことがあったのに、

飲み込んでしまったり。


違和感があったのに、

その場に合わせてしまったり。


「またやってしまった」

「分かっているのに、どうしてできないんだろう」




  学べば学ぶほど、苦しくなることがある


分かっているのに、できない。


その感覚は、

思っている以上に苦しいものかもしれません。


学べば学ぶほど、

頭ではどうすればいいか分かっているのに


「できるはずの自分」と

「できない自分」との距離に苦しくなって


分かっているのにできない自分を

責めてしまうこともある。




  「変われない」のではなく反応が先に出ている


私は長い間

苦しくて、どうにかしたくて、

心理学を学んできました。


カウンセリングに通ったり

色々な講座を受けたりしながら

この状態をどうにか変えようとしていたけれど


どれだけ知識が増えても

いざその場面になると

また同じ反応をしてしまう。

その繰り返しでした。




でも


変われなかったのは、

知識が足りなかったからじゃなくて


安心して変化できる土台が

まだ身体の中で感じられていなかったからでした。


私たちの身体や心は、

「変化すること」よりも

「今のままでいようとすること」を

優先すると言われています。


たとえ今の状態が苦しくても、


これまで生き延びてこられた

“安全なやり方”を手放すことは、

それくらい怖いことでもあるから。


頭では「こうすればいい」と分かっていても、

身体が「それは危ない」と判断して、


言わない。

合わせる。

波風を立てない。


いつものやり方に戻ろうとする。


これは生き延びるための、

当たり前の反応で


意志の弱さでも、努力不足でもありません。




  「わかる」と「変わる」は同じ速さでは進まない


頭では理解できても、

いざという場面で動けなくなってしまうのは


あなたの心が

「まだ怖いよ」

「そっちは危ないよ」と


必死に自分を守ろうとしてくれている

サインなのかもしれません。


その怖さを、無理に消そうとしなくていい。


「まだ、怖いんだね」

「それくらい、一生懸命自分を守ってきたんだね」って、

そのまま置いておくことができたら。


"分かっているのにできない自分"を

責めてしまう前に、

少しだけ、立ち止まれたら。


張り詰めていた心は、

少しずつ、ゆるんでいくように思います。


「頭でわかる」ことと、

「心と身体が変わっていく」ことは、

別のリズムで進んでいくものだから。


ただ立ち止まっているわけではなくて、


これまでのやり方と、

これからの選び方のあいだで、

揺れている時間。


「わかる」と「変わる」のあいだには、

「安心する」という時間が必要だったのだと思います。




  その“あいだ”にいるときにできること


もし今、

そのあいだにいるとしたら。


ダメ出しをするのではなく

もっと頑張れ!って自分を追い込むのでもなく


自分の中にある“怖さ”に寄り添ってみる。


変われない自分に

どうしてその反応が出るのかを

見てみる。


そして

そうするしかなかった理由にも

目を向けてみる。



頭では分かっているのに、

同じことを繰り返してしまう自分がいてもいい。


ちょっとずつ

自分の中に安心を育てていけばいい。




早く変わりたいと思っている時には

これは酷な言葉に感じるかもしれません。


私もそうでした。


今が苦しくて、

どうにか早く抜け出したくて、


「ゆっくりでいい」

「少しずつでいい」と言われても、


そんなことより、

今すぐ楽になりたいと思っていたから。


でも、それでも、

あえて言葉にするなら


焦らなくて大丈夫です。


すぐに変わらなくても

その時間もちゃんと

変化の途中にあって


今日はできた。

今日はまた我慢しちゃったな。


そんな積み重ねの中で、

少しずつ、少しずつ

選び方が変わっていきます。




 ここで書いていること


このブログでは、


これまでの経験の中で

身につけてきた反応を

ひとつずつ紐解きながら、


「わかる」と「変わる」のあいだで

揺れていた時間も

そのままを言葉にしています。


すぐに変わらなくても、

揺れる時間があっても、


その中で自分を置いていかずに、

どう在りたいかを見ていくこと。


傷や揺れごと、

自分のまま生きていく。


そんな「それでも、私を生きていく」時間を

ここに残していけたらと思っています。


もしどこかで重なるものがあったら、

この場所を

ふと思い出してもらえたら嬉しいです。