今日は

今までの経験を振り返りながら

今の私が思う「愛する」ということを

書いてみます。




  二人の関係をどうにかしたかった


大切な人との関係が

うまくいかなくなったとき


私はずっと

どうしたらうまくやっていけるのかを

考えていた。


あの頃の私は

カウンセリングを受けながら

自分自身と向き合っていた。


どうしてこんなに不安になるんだろう。

どうして同じようなことに反応して

苦しくなってしまうんだろう。


自分のことを見ていく中で

これまでの経験や

自分が抱えてきたものが


今の恋愛や人間関係の中で感じている

不安、苦しさに繋がっていることを知った。


そして相手にも

抱えてきたものがあるのだと

少しずつ分かっていった。


私にも、相手にも

それぞれの背景があって

過去の経験や

身につけてきた考え方、反応の仕方が

二人の関係にも表れていた。


ときにはそれが

化学反応のように作用し合って

二人の間の苦しさを

大きくしてしまうこともあった。


だから私はまず

自分自身を整えたいと思っていた。




  相手にも向き合ってほしかった


「自分が変われば、相手も変わる」


よく耳にする言葉に

期待していたところがあった。


私の考え方や反応の仕方が変われば

相手の反応も変わって


二人の関係も

少しずつ変わっていくかもしれない。

うまくいくかもしれない。


そうなるように願っていた。


でも

何が起きているのかが分かってきても

実際の関係の中では

なかなか自分の反応を

変えることができなかった。


分かっているのに、できない。


同じように反応して

同じところで苦しくなる。


こんなに自分と向き合っているのに

どうして変われないんだろう。


そんな時期が長く続いて

苦しさも

私の中に溜まっていったのだと思う。


そして

二人の関係には

相手が抱えているものも

影響している。


そう分かっていたからこそ

どうして私ばっかり

こんなに頑張らなきゃいけないんだろう。


正直そんな気持ちも

持つようになっていた。


私だけじゃなく

相手にも向き合ってほしかった。


そうすれば相手自身も

今抱えている苦しさから

楽になれるのかもしれない。


そして

二人の関係も変わっていくかもしれない。


私の中で

願いが期待になっていった。




 その人の人生は、その人のもの


自分と向き合うことで

見えるものが増えていった私は


彼も自分自身と向き合えば

きっと何かが変わると

思っていたんだと思う。


抱えてきたものに気づいて

自分のことを知っていけば

今より少し楽になれるかもしれない。


二人の関係だって

変わっていくかもしれない。


私には

それが彼にとっても

必要なことのように感じていた。


でも彼自身は

自分が変わることを望んでいたわけでも

変わる必要性を

感じていたわけでもなかった。


私はありのままの彼を

そのまま受け止めることができなかった。

私の望む方向へ

彼を動かそうとしていた。


私は相手のことを理解したくて

抱えてきたものも

その奥にある気持ちも

できるだけ

分かりたいと思っていた。


なのに

相手が何を感じているのか。

本当はどうしたいのか。


彼自身の意思よりも

私が思う「こうなったほうがいい」を

彼に選んでもらおうとしていたんだと思う。


あの頃の私の

「愛している」の中には

彼をコントロールしようとする気持ちが

混ざっていた。


この人を失いたくない。

この関係を終わらせたくない。

そんな怖さも私の中にはあったから。


でも

向き合うのか、向き合わないのか。

変わるのか、変わらないのか。


その人がどう生きていくのかは

その人自身が決めていくことだった。




 そして私の人生も、私のもの


相手が変わることを望んでいないなら

その意思も

相手のものとして大切にする。


でも

私が苦しいと思っていることまで

受け入れ続ける必要はなかった。


私にも望んでいるものがある。

こんな関係でいたい。

こんなふうに大切な人と生きていきたい。

これだけは大切にしたいと思うことがある。


相手には相手の人生があって

私にも私の人生がある。


相手がどうしたいのかを知って

私はどうしたいのかも知る。


その二人で

どんな関係を作っていけるのか。


一緒に歩いていけるところは

どこなのか。


それを二人で考えていく。


そしてどうしても

一緒には作れないものがあるなら

それも見ないふりはしない。



相手が何を選ぶのかを

私が決めることはできない。


だからといって

自分の気持ちも後回しにしないで

私が感じていることも

望んでいることも

ちゃんと自分の中に持っておく。


私がどんな関係を生きたいのか。

どんな人生を生きたいのか。


それはいつだって私が

選んでいくことができる。




 私にとって「愛する」ということ


少しずつ分かってきたのは


その人を、その人として

あるがままに認めること。


相手が何を感じているのか。

何を望んでいるのか。


たとえそれが

私の望んでいるものとは違っていても

「あなたは、そうなんだね」と

その人の気持ちをそのまま認める。


私の望むものに

変えようとはしない。


「こうなってほしい」

「いつか変わってほしい」


そんな願いが

私の中にあったとしても

その人がどうしたいのかは

その人のものだから。


でもそれは

相手を大切に思う気持ちまで

手放すことではなくて


分かりたい。

力になりたい。

大切にしたい。


そんなふうに

相手に向いている愛情は

そのままそこにあっていい。


そして

「私は、こうなんだね」と

自分の中にある気持ちも

あるがままに認める。


寂しい。

一緒にいたい。

私はこういう関係を生きたい。


そんな自分の気持ちも

消さなくていい。


相手を変えるために

愛を使うのではなく


その人がその人であることを

認めたまま、大切に思う。


相手の選択は

相手に返して


私の選択は

私の手に戻す。



今の私にとって

誰かを愛するということは


私も私でいながら

その人を、その人として認め

大切に思うことなのだと思う。




Instagramはこちらから🌻