今回のセグメントでの自由感想文です
護王神社ね
足腰の神様になった由縁はざっくりとですけど
女帝に贔屓にしてもらっていたお坊さんがいましてね、その弓削道鏡はあれよあれよと女帝のご寵愛を受けているから(どんなお坊さんだろうね?)地位権力を欲しいままに、その強欲は我こそは次の天皇になる事と言い出した
えー!とその時の天皇
道鏡は自分が天皇になれって言われたのは神託だもんね、とあいつは言うけど本当か確かめて来てくれない?と頼まれた方=和気清麻呂さんのストーリーだったんですよ
清麻呂さんは同じご神託元からもう一度聞くと「皇族が天皇を継ぐもんになるですけど?」と聞く、お坊さんの道鏡じゃないよ?という事です
道鏡の言う事はウソですよ!と分かった事により、清麻呂さんは道鏡の逆恨みを買うわけですが道鏡のやった事というのは清麻呂さんの足の腱を切るということ
なんでこの時に息の根を止めなかったのか、とふと思いましたがこの事によりストーリーは進んで行き
足の腱を切られ追放されてしまった清麻呂さんは行かなくちゃいけない目的地がありましたから(やっぱり)暗殺しようとした道鏡の手下どもに対し、イノシシの大群が助けてくれて無事に目的地に着いたとさ
清麻呂さんは無事に目的地に着き、都にも呼び戻してもらいましたが
何故イノシシを祀るのか?
イノシシからここの湧き水に足をつけてごらん?と教えてもらい、足の腱を切られて歩けなくなってしまった清麻呂さんの脚が治ったという経緯がある
ざっくりと説明できていないかも
ですがこれで一つ賢くなったね
前の安倍晴明神社はすでにイメージがあったから、だと思うのですがどうでしょう
清麻呂さんの天皇からの命を粘り強く成し遂げたというか、そういう所に共感しました
因みにこの神社は子育神社とも言われる
戦さによって身寄りが無くなった子供達を慈愛をもって育てた人がいまして
そういうのを知ったから「這えば立て・・・」と言葉が浮かんだのかなぁと思ったりもする
今回のセグメントで何がどうって事はパッと繋げられない
セグメントから帰って来て爆睡ばかりしていますけど夢がセグメントでの事ばかり
今は統合中だと思います
仕事をはじめて危惧していたのは筋肉痛にならないか、と注意していました
今回はフェルデンクライスの養成生として2年という月日を学習したのか
たまたま、偶然だったり、意識して無理しないが功を成して筋肉痛には侵されていませんね
はじめてフェルデンクライスの養成を受けた後
仕事をはじめたその瞬間「なんて難しい事をしているんだ」と内観した声に戸惑った
それから毎度筋肉痛を起こす箇所は似た所でしたから不思議でならなかった
だからあーで、こうでと試行錯誤したが結局繰り返す
そういう事はもうなりたくないな、今回のセグメント前ですが、自宅においては今まで習った事で調整しようとか
もう諦めた
治そうとせずに自然と現れる姿勢に任せるようにする
いくら不自然だと分かっていてもいじらないようにしていました
行きたがっている方向性に手を加えないというのは、やってみて気づいたけどホッとした
今体はこっちにねじりたがっている、本当は丸まりたがっていると分かった
それらは今まで無かった感覚だったのですが、直ぐに手を出さず
ちゃんと見ているからやりたい様に外界に出していいよとOKしている
そうすると出てくるのはとても緩やかですし、そんなに人様に迷惑かけるもんじゃないもんだなと思った
ちゃんと分別というものを持ち合わせている
どうしようも出さないと一体これは何なのか分からない、やってられないと言うものならば
学びの場、ガイドがいてここは守られた場であると認識してから出すと理解しました(イントラとして見ていた景色がこう言う事なんだ、と理解した一つ)
とりあえず私は
自分自身が安全が確保され安心できる場所=家ではそうしていました
去年の夏は痛くて立っていられなかった、散々ブログでも書いた
歩くことさえ嫌になった、座る事もなにもかもイヤになる「やってらんない」と頭の中のお喋りが止まらないことで初めて自分にとても無理強いして今まで来ていたのか知る、事実とかじゃなくそう考えていたという感じ
どうしてそうなったのか
痛みは先生だからねぇ、とフェルデンクライスは言います
そんな事を言う人達がいる事を知らなかった私は、体験して間を置いての10年後には
やはりフェルデンクライスを一から学びたいとしたら改善ではなく
一年前は向上のために「今まで」を自分からの働きかけで私に見せてくる時期だったのかな?と思っています
そして二年という養成期間半ば(フェルデンクライスの養成は普通に通えば四年を必要とする)を迎える今は
痛みというのはなんであるのか少し自分の身体を通してそれらは見せられている感じがします
原因を知ることも必要な時もあるけど、ある時はなすがままになることも悪くないなと少々諦めモードでしたが
それにより自然と浮き上がる絡まった糸は
人の手や知恵を借り私が手出ししなければふわぁーっと糸は緩んでいくのを見ていた感じでした
※私がなんとかしてあげる!とテンション高いのは気をつけろー
そんな時は結構暴走するので(そりゃそうよね、縛りが無くなるんだもの)、注意深くいなくちゃなと学んだ感じでもありますね
暴走させるほどエネルギーが詰まっていて
それは決壊したのかも?それはそれで悪くなかったよ、新しい流し方を作ればいい
自分で調整する
今回も現役プラクティショナーからFI(機能統合=パーソナルセッション)を三回受けて
最後の最後に
後ろに重心を移しながら、腹筋を内側から強烈に膨らませていました
理屈では胸郭や腰も関係していると思うし全体的に見たら色々ありますが、そこは置いといて
その状態はパッと見は妊婦さんみたい
そう認識したらびっくりはしたけど何故か嬉しかったですね
なんせ妊娠したことないから
すごくご機嫌に、ルンルンな気分でマンションに帰りましたが「なんでかな?」と思った
妊娠したって事は出産があるわけで、妊娠したように内側から押し出される腹筋に喜べる「人であった私」ではあった
が
もうそれでええかと思った
何故なら、同時にあの心境は魔鏡だったかも知れないよなぁと
感覚として幸せ気分になるホルモンが出ただけの事だが、その回路が新鮮だったのか妊娠ってどうなんだろうかという未体験による無知もある
・・・こんな風に思う事が残念とは思わないけど
一つ私のやりたかった気分だったかも知れない、を味あわせてあげたからまぁいいかとしました深掘りしないと決めた
子宮に入っている時
胎児はお母さんの子宮を足の裏でぐーっと押すんですって
お母さんにはちと大変な状態らしいです
しかし胎児が自分の意思なのかその作業をする事は、自分自身にはいい影響を生み出すようです
セグメントで足について話している時のことです
フェルデンクライス・メソッドは赤ちゃんの動きを参考にしてレッスンが作られているとは聞いていましたが胎児の話が出るとは思わなかった
お腹の大きなお母さんって、大変だなと思っていたが
もっと違う所で赤ちゃんは腹の中で色々やってくれちゃっているんですね
NHKスペシャルの人体「生命誕生」でもそうでしたね
母胎にとっては辛い状態なんですが、胎児にとって大事な作業なんですと解説がありました(確か、栄養を更に摂るためにどうしても子宮を傷つけなくてはならない、母親は身を切る状況らしいです。妊娠経験のある人だったらそういえば・・・と分かるのかしら、出産経験のある女優さんはウルウルしていた)
きっとそんな話しを聞いていたから、最後の最後でお母さん体験をしたのかな
なんてーね
フェルデンクライスって向上の為に手助けにはなるけど、私にまさかこのタイミングで妊婦さんをさせるとは思わなかった
でもまぁそこから何が融合されるのか
のんびり見ていればいいかなと思った次第ですね
