安倍晴明の神社に行きました、会場(今出川)近くには神社が多くてね
それもフェルデンクライスをやるフィットネスインストラクターとしても「あやかりたい!」と興奮した
護王神社→足腰の神様、イノシシがシンボルみたいね、イノシシ生まれだからこれもご縁として
菅原院天満宮→学問の神様
神様がいっぱい、全部盛りでご利益もらったら私はどうなるんだろうと
妄想ですよ、楽しませていただきます
京都いいねー
30分くらい歩いて移動しているのですが
御所の散歩は楽しいですよ
そして静寂、時々人、たまに猫がいる、聞こえるのは自分の足音ジャリジャリとする音のリズム、良いですねー
安倍晴明神社で偶然アン先生と会いました、途中から
御所まで英語できない私ですが先生と一緒に帰ってね
もう一回言う、英語ができない私、日本語知らない先生の組み合わせで二人っきりでテケテケと帰ってきたんですけど
先生もまぁええでしょうと思ってくれたんでしょうね
こっちも英語話せないとかより、それなりにのんびり行こうと「先生の好意で私にさせてくれた」と思います
私は楽しかったから、きっとこんな変てこりんな帰宅であっても先生も楽しんでくれたんだろう!
英語話せないからこそできないことを探すより今できることをやる、昨日より今日、今日も良い明日も良いねと居られるようにと言われる
こういうフェルデンクライスの考え方に従っているからとても楽でした、無理に動かなくて済むから話せんなりに今やれることをしてりゃいいんだーと肩の力抜けますよ
先生との帰り道は細い裏道でしたから
道端の花、学校、古い日本家屋、道を通り抜ける風の中にある香りにいいね?と声をかけてくれましたが会話での成立はできませんので全部表情や仕草ですが分かる、伝わる
そんな会話の無い時間でしたから
言葉ってなんやろ?と思う不思議な時間でしたよ
多分今回の一般ワークショップのお題がバランスを提供するとあるんですが(お時間おありでしたら覗きに来てくださいね、きっとオーっ!と何かあるよ、何かあるかも?と楽しみにしていいと思うよ)
今、自分達が習っているテーマでも言っていた
このワークは脳梗塞の、バランスについて何かしらある人には有効ですと
脳梗塞を患った父は、最近は散歩が困難でしたから父に早く伝えたいですね
骨格標本=京太くんの足見て私の足の中身を想像しています
今回のテーマは足
面白ーい!とテンション上がる事は無くてね、多分コレだと思う理由
足のイメージが不明瞭なんでしょう
眠くなるのよ、情報から自分の中にいっぱいあれば「コレとアレが繋がるんか!ホッホー♪」なんですけど
???となるならまだ良い
大概意識が飛ぶのは脳のシャッターが降りかけているんだと理解しています
なので体感したら分かる
ノートを載せて見ましたが、これは説明中じゃなくマンションでガーッと書き出すんですけどね
説明聞いて、実際にやって、やってもらう事で書きながら一人で頭の中に残っている感覚が私の足の骨格から始まり周へむにゅむにゅと
相手を触っている最中に私の手が受け取った感覚
フェルデンクライスのFI(機能統合)を習いはじめてから勉強ってこうすると受け入れるものなんだと私の新しい体験となったと思う
入っていないものは出てこないけど繰り返したりまた違う切り口から「あーこれかぁ」と分かる時が来るもんだ、と待っていていい
そう自分への負担を減らしています
2セグメントの先生が言っていた
いいレッスンできたな?と思う時は相手とのコミュニケーションがよく出来ていた
前の前のセグメントでは、同じ言葉で同じ説明を声のトーンを段々と大きくんする事ではなく一つの伝えたい事を沢山の伝え方を持っているといいと
そして今回のセグメント前半で印象深くあるのは
「モシェが、モシェ自身の言ってることを鵜呑みにしないようにと」
だから私はフェルデンクライスが面白くいられるのも、自分が一番でいいからです、自分の発見は自分ので良いんだと大らかな所ですけどね
でも、まぁ
鵜呑みにするなと言う方も大変でしょうか?ルールは破るためにあると何故先生達を通して私の耳に入るよう言い伝えられるのか
答えはまだ見えないね、興味深くいれば良いかと思います
分からんもんは分からないと言っていい、いつでも休憩OK
その教えの元、自分の体に興味を持ち骨格標本に興味を示したのは初めてですから
・・・歩くという単純な事にこれほどの深みがあるんだーと自分の足を通している今回のセグメントです
自分の体で遊んだ赤子のように、誕生日を迎え47になるオバハンが同じことしているもんですね
オモロイ、自分と思う
今日は一日面白い事と言うか
偶然ってすごいなぁと思うことがあと二つあるけど、キリが無いので風呂に入ります
家だったら親に話しているようなことをブログに上げていますね




