先日
中学の国語の教科書で見つけました。
新川和江さんは国語便覧にも載っていますが、私には石垣りんさんや茨木のり子さんが強烈で新川さんの詩はかなり印象が薄かったです。
お年を召してからの写真もなんだか山村美紗ぽいというか、どこかのマダムの風情だったしで…
学生時代に教材を通じて出会った詩は、作品世界とご本人の外見にギャップあると鑑賞意欲のトーンダウンも免れず…
逆にドンピシャだと、言わずと知れた中原中也や、また萩原朔太郎のように、その世界は何倍にも高みへと広がり彩られたりもするわけで、ルッキズムを擁護したいわけではありませんが、詩の世界はいろんな点でイメージ重要なんです。
で、新川和江さん
世代的には石垣りんさん、茨木のり子さんとほぼ同じくらいですね。お二人は既に鬼籍に入られてますが、新川さんは94歳とのこと。お元気なら何よりです。
何気に目が留まったたこの詩、
入っていくと、柔らかい言葉の奥からガンガン撃ち込んでこられる衝撃に、ちょっとやられてしまいました。
私を束ねないで
私を束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱ように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂
※あらせいとう…ストックの別名
私を止めないで
標本箱の昆虫のように
高原から来た絵葉書のように
止めないでください 私は羽撃き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音
私を注(つ)がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮 ふちのない水
私を名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母と言う名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください 私は風
りんごの木と
泉のありかを知っている風
私を区切らないで
, (コンマ)や.(ピリオド) いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください 私は終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩
どうでしょう、この広がりかた…
タイトルからの「わたしを束ねないで」は想定内とも言えますが、それでもやっぱりガツンときて、
第二連の「わたしを止めないで」にハッとなり、
第三連の「わたしを注(つ)がないで 」にドキッとさせられ
そして「日常性に薄められた牛乳のように」「ぬるい酒のように」という比喩に思い切り揺さぶられて…
「わたしは海」
「苦い潮 ふちのない水」なんて…
ひとりの人間をとらえる大きなスケール感
スカッとする解放感に洗われて
この第三連がとてもいいです。
「わたしを名付けないで」
「わたしを区切らないで」
いちいち深い共感でぐっとなり、
ここまで広がってきての最後
「一行の詩」という閉じかた…
本来ひとはこれほどにも自由なはずなんだ。決めつけはいらないし、拡がる情感と可能性を限りなく秘めているんだ…
ほぅっっと、しばし余韻に浸りました。
これに14、5歳で出会える子たち、同性の視点から特に女子、羨ましいです。3年生の教科書というのに選定者の意図も汲めます。
実際はそんな大人の目論見はよそに多くの子は素通りになってしまうでしょう。でもきっと何か心に残る子もいるはずです。
受験学年だし、授業では扱わないと思いますが、退屈な先生の授業を聞き流しながら、パラパラとめくってふと出逢ったこの詩から立ち上る、まだ象の成さない意味のかけらを単なる響きとしてでも身内に止める子もいるでしょう。
それがもしかしたら、いつか人生を彩る絵の具のひとつになっていくかもしれません。
そんな貴重な邂逅になる機会は、特に若者には大切です。
「はだしのゲン」然りです。
作者の中沢さんは漫画では音や臭いが伝えられない、こんなもんじゃないと表現に苦悩もされたようですが、私は連載時に読んだとき臭いまで感じていました。まだ小学生で、怖くて気持ち悪くて、読みたいのか読みたくないのか分からないけど、でも近所のお兄さんの所に行ってジャンプの新しいのがあると読まずにはいられませんでした。それだけの力がこの作品にはあったわけですが、いわゆるトラウマぽいものにもなりました。でもこれはなるべきトラウマともいえます。こんな悲劇は絶対繰り返してはならないと強烈に自分に染みつきましたから。
なんなら人類全体がトラウマにするべきでしょう。
子どもが資料館に足を運ぶのは難しいかもしれませんが、漫画なら手に取りやすいです。その機会も減らされてしまうんでしょうか…
…本題に戻って
新川さんの他の詩も読んでみたくなり、私はこの詩が表題となった文庫本を買いました。女性の一生を編んだアンソロジーということです。
「わたしを束ねないで」がまず最初にあるのですが、その次の「十七歳」という十行足らずの短い詩もとても印象深く、心に残りました。
十七歳
知らなかった
知らなかった
春がこんなにさびしいなんて
知らなかった
知らなかった
茅花(つばな)がこんなに苦いなんて
ふるさとの草の上
陽ばかりうらうら燃えていて
ひとりぽっちの 十七歳
初見でもすごく惹かれたのですが、新川さんは十七歳で嫁がれたということをこの詩を読んだ後に知りました。するとより奥行きが増し、その心情が嫁ぐ前のような、いや嫁いだからこその心の揺れのような、とどちらにも取れ、いずれにしても若くしなやかな感受性を抱きしめてあげたくなりました。17歳で結婚なんて、時代だったんですね。
たくさん美しく素敵な詩が収められていますが、母という立場にある人ならより深く共感できるような、力強く突き抜けて輝く詩もあります。
文庫本サイズだから、バッグにポンと入れて持ち運びもできますね。
好きな韻文を一つ二つでも心に持っていると、ふっと人生で寄り添ってくれることありますよね。
私は若いころ、ベタですが、
汚れっちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる…
時々口ずさんだりしてました。
智恵子は東京に空が無いといふ…
これも就職したての頃、空を見上げて諳んじてみたり…頭の中では東京が大阪に置き換わってましたね。
あれから時間ばかりが経ってしまいましたが、感じる心が錆びてないなら、ヨシとしましょう
お付き合いいただきありがとうございました😊