村に入ると阿弖流為が待っていた。
母礼は出かけているらしい。
「お主は普段、ずっとその姿なのか?」
足下の嵐に話しかけた。
「あの姿でここにこるわけにもゆくまい…」
「それも、そうだな…皆が驚く」
阿弖流為は自分のした質問を恥じた。
「だが、あれは美しい姿だ」
本来の嵐の姿が、阿弖流為にも強い印象を与えていた。

「人は集まりそうなのか?」
真魚が単刀直入に阿弖流為に聞いた。
「いろいろ当たってはいるが、思わしくない…」
「やはりそうか…」
真魚が考えている。
「お主は分かっていたのか?」
真魚の答えに心が揺らいだ。
阿弖流為は,真魚に今の状況を簡単に説明した。
「あの男ならやりかねんな」
「すんなり約束を守るとも思えんがな…」
真魚はきっぱり言った。
「では、蝦夷の仲間はどうなるのだ!」
阿弖流為は心配している。
「じわじわと難癖をつけられ、最後には約定も破棄だな!」
「それがあいつらのやり方だ」
真魚はそう言った。
「蝦夷の誇りも全てなくすと言う訳か…」
阿弖流為は唇を噛んだ。
「ひとつ聞きたい事がある」
真魚が話を変えた。
「何だ?」
「お主ら蝦夷は神を信じているのか?」
「神だと!」
阿弖流為は真魚が何を聞きたいのか分からなかった。
「俺たちにとって神はこの大地だ」
「この自然そのものが神だ!」
阿弖流為はそう言った。
「なるほど…」
真魚はそう言ってほくそ笑んだ。
「それがどうかしたのか?」
阿弖流為が真魚の笑みを嫌っていた。
「ある男は心を決めに神に問うた」
「誰だその男…」
「お主が知っている男だ!」
阿弖流為は考えた。
「倭の田村麻呂…」
「その男だ!」
阿弖流為の答は当たっていた。
「倭の大将は迷っている」
「迷っているだと?」
阿弖流為は真魚の考えが理解出来ない。
「敵の大将でさえそうなのだ、蝦夷の仲間はもっと迷っているはずだ!」
真魚はそう言った。
「この戦いは、勝っても負けてもお主らには不利な戦いとなる」
真魚の言葉は正しい。
今までもそうであった。
「では、どうすればいいのだ?」
阿弖流為は真魚に問うた。
「俺に考えがある」
真魚は阿弖流為にそう言った。
夕刻には母礼も村に帰って来た。
阿弖流為と母礼はその夜に集まった。
嵐は紫音の家をのぞきに行った。
「嵐、家族にはしゃべっちゃだめよ!」
「わかっておるわ!」
「特に弟には気をつけてね!」
「子供は苦手だ、遠慮というものがない」
嵐は何度もおもちゃにされた。
紫音の家の前まで来た。
「獣の臭いがする」
嵐が言った。
「私の父は狩人なのよ」
「そういうことは早く言え!」
嵐の機嫌が良くなる。
「と言っても今は罠でしか獲れなくなったけど…」
「戦か…」
嵐はすぐに分かった。
「左手が言うこと聞かないみたい…」
「昔は弓の名手だったのよ…阿弖流為も私も父に教えてもらったの…」
紫音は哀しそうあった。
こんな村にも戦の爪痕がある。
戦は、誰もが加害者になり、犠牲者にもなるのだ。
「でも、ちゃんとあるわよ、お肉!」
「そ、そうなのか~!」
嵐はそれだけでご機嫌であった。

続く…