空の宇珠 海の渦 第五話 その二十七 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話




村に入ると阿弖流為が待っていた。
 
母礼は出かけているらしい。
 

「お主は普段、ずっとその姿なのか?」
 
足下の嵐に話しかけた。
 
「あの姿でここにこるわけにもゆくまい…」
 
「それも、そうだな…皆が驚く」
 
阿弖流為は自分のした質問を恥じた。
 
「だが、あれは美しい姿だ」
 
本来の嵐の姿が、阿弖流為にも強い印象を与えていた。


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「人は集まりそうなのか?」
 
真魚が単刀直入に阿弖流為に聞いた。
 

「いろいろ当たってはいるが、思わしくない…」
 
「やはりそうか…」
 
真魚が考えている。
 

「お主は分かっていたのか?」
 
真魚の答えに心が揺らいだ。

阿弖流為は,真魚に今の状況を簡単に説明した。


 
「あの男ならやりかねんな」
 
「すんなり約束を守るとも思えんがな…」 

真魚はきっぱり言った。
 

「では、蝦夷の仲間はどうなるのだ!」
 
阿弖流為は心配している。
 

「じわじわと難癖をつけられ、最後には約定も破棄だな!」
 
「それがあいつらのやり方だ」
 
真魚はそう言った。
 

「蝦夷の誇りも全てなくすと言う訳か…」

阿弖流為は唇を噛んだ。
 

「ひとつ聞きたい事がある」
 
真魚が話を変えた。
 

「何だ?」
 

「お主ら蝦夷は神を信じているのか?」
 

「神だと!」
 

阿弖流為は真魚が何を聞きたいのか分からなかった。
 

「俺たちにとって神はこの大地だ」
 

「この自然そのものが神だ!」
 

阿弖流為はそう言った。
 

「なるほど…」
 
真魚はそう言ってほくそ笑んだ。
 

「それがどうかしたのか?」
 
阿弖流為が真魚の笑みを嫌っていた。
 

「ある男は心を決めに神に問うた」


「誰だその男…」
 

「お主が知っている男だ!」
 

阿弖流為は考えた。


「倭の田村麻呂…」
 

「その男だ!」
 
阿弖流為の答は当たっていた。
 

「倭の大将は迷っている」
 

「迷っているだと?」
 
阿弖流為は真魚の考えが理解出来ない。
 

「敵の大将でさえそうなのだ、蝦夷の仲間はもっと迷っているはずだ!」

真魚はそう言った。
 

「この戦いは、勝っても負けてもお主らには不利な戦いとなる」
 

真魚の言葉は正しい。
 

今までもそうであった。
 

「では、どうすればいいのだ?」
 
阿弖流為は真魚に問うた。
 


「俺に考えがある」
 

真魚は阿弖流為にそう言った。





夕刻には母礼も村に帰って来た。
 
阿弖流為と母礼はその夜に集まった。
 
嵐は紫音の家をのぞきに行った。
 

「嵐、家族にはしゃべっちゃだめよ!」
 

「わかっておるわ!」
 

「特に弟には気をつけてね!」
 

「子供は苦手だ、遠慮というものがない」
 
嵐は何度もおもちゃにされた。
 

紫音の家の前まで来た。
 

「獣の臭いがする」
 
嵐が言った。
 

「私の父は狩人なのよ」
 

「そういうことは早く言え!」
 

嵐の機嫌が良くなる。
 

「と言っても今は罠でしか獲れなくなったけど…」
 

「戦か…」
 
嵐はすぐに分かった。
 

「左手が言うこと聞かないみたい…」
 

「昔は弓の名手だったのよ…阿弖流為も私も父に教えてもらったの…」
 

紫音は哀しそうあった。
 

こんな村にも戦の爪痕がある。
 

戦は、誰もが加害者になり、犠牲者にもなるのだ。
 

「でも、ちゃんとあるわよ、お肉!」
 

「そ、そうなのか~!」
 

嵐はそれだけでご機嫌であった。



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続く…