嵐と別れてから十日ほどが過ぎていた。
「嵐どうしてるかなぁ…」
紫音は畑仕事をしていた。
土の臭いが紫音は好きだった。
あの体験以来、紫音の中で何かが変わった。
何が変わったのかは分からない。
だが、違うのだ。
土の臭い。
風の薫り。
ただの雑草でさえ、愛おしく感じるのだ。
「生きるって、こういうこと…」
紫音の瞳には金色に輝く世界が見えている。
それは生命という輝きだ。
その全てを紫音は愛おしいと感じ始めていた。
「あれっ?何?」
それは、紫音が今まで感じた事のないものだった。

「嵐…なの?」
紫音は嵐の波動を感じていた。
「どこ?」
まだ見えない。
紫音は信じている。
嵐はいる。
嵐の背中でこの波動を感じた。
間違いではない。
嵐は絶対にいる。
紫音は目をこらす。
「違う!」
紫音はそう言って目を閉じた。
惑わされる自分を切り離した。
見たいものを見たい時、目で見てはいけない。
心で感じるのだ。
紫音はそう思った。
「いた!」
紫音は目を開けた。
田畑の遙か向こう。
視線の先に人影が見えた。
それは真魚だ。
小さな影、それが嵐だ。
「ら~~~ん!まお~~!」
紫音は叫んでいた。
その瞬間には走り出していた。
「ほう、あれが紫音か…」
紫音の変化を真魚は感じていた。
「何をした?」
真魚は嵐に言ってみた。
「大地を見せただけだ…」
嵐は言った。
「ほう…」
真魚は笑った。
「お主が、あの娘を選んだわけが分かったわ!」
「俺は選んだわけではない」
「選んだわけではないのか?」
嵐は、真魚の予想外の答えに戸惑った。
そして、また分からなくなった。
「飛び込んできたのは紫音だ」
「なるほど、そういうことか!」
嵐にもわかる。
紫音は好奇心が強い。
相手の懐にどんどん飛び込んでくる。
知りたいと思う心、それこそが変わるきっかけになったのだ。
はぁはぁはぁ…
紫音は息を切らして走ってきた。
「そんなに急がなくてよかろう」
嵐が紫音をたしなめる。
「だ、だって、会いたかったの!」
紫音は息を切らしながらそう言った。
「どっちにだ?」
嵐は少し意地悪に聞いて見た。
「ふ、ふたりによ!」
紫音はうまく逃げた。
「少し見ぬ間にたくましくなったな」
真魚が紫音に言った。
「そう?何も変わってないわよ!」
紫音はその場でくるりと回りながら言った。
「変わっているではないか?」
嵐が改めて言う。
「以前のお主ならそういうことはしなかった」
「そうかなぁ、ま、どっちでもいいや!」
そう言ってまた回った。
嵐と真魚は呆れて笑っている。
「ねえ、阿弖流為達に逢いに来たんでしょ?」
紫音が話を切り出した。
「まぁ、そういうことだ」
「じゃあ、私行ってくる!」
真魚がそう言うと、紫音はまた走って行った。

「やれやれ…」
嵐がつぶやいた。
「よかったのか?これで…」
嵐は真魚に答えを求めた。
「紫音は楽しんでいるではないか…」
「それでいいのだ」
真魚はそう言った。
続く…