空の宇珠 海の渦 第五話 その二十六 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話



嵐と別れてから十日ほどが過ぎていた。

「嵐どうしてるかなぁ…」
  
紫音は畑仕事をしていた。
 
土の臭いが紫音は好きだった。
 
あの体験以来、紫音の中で何かが変わった。 

何が変わったのかは分からない。
 
だが、違うのだ。
 
土の臭い。
 
風の薫り。
 
ただの雑草でさえ、愛おしく感じるのだ。
 
「生きるって、こういうこと…」
 
紫音の瞳には金色に輝く世界が見えている。
 
それは生命という輝きだ。
 
その全てを紫音は愛おしいと感じ始めていた。
 
「あれっ?何?」
 
それは、紫音が今まで感じた事のないものだった。


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「嵐…なの?」
 
紫音は嵐の波動を感じていた。
 
「どこ?」
 
まだ見えない。
 
紫音は信じている。
 
嵐はいる。
 
嵐の背中でこの波動を感じた。
 
間違いではない。
 
嵐は絶対にいる。
 
紫音は目をこらす。
 

「違う!」
 
紫音はそう言って目を閉じた。
 
惑わされる自分を切り離した。
 
見たいものを見たい時、目で見てはいけない。
 

心で感じるのだ。
 

紫音はそう思った。
 

「いた!」
 
紫音は目を開けた。
 
田畑の遙か向こう。
 
視線の先に人影が見えた。
 
それは真魚だ。
 
小さな影、それが嵐だ。
 

「ら~~~ん!まお~~!」
 

紫音は叫んでいた。
 
その瞬間には走り出していた。
 

「ほう、あれが紫音か…」
 
紫音の変化を真魚は感じていた。
 
「何をした?」
 
真魚は嵐に言ってみた。
 

「大地を見せただけだ…」
 
嵐は言った。
 
「ほう…」
 
真魚は笑った。
 

「お主が、あの娘を選んだわけが分かったわ!」
 

「俺は選んだわけではない」
 

「選んだわけではないのか?」
 

嵐は、真魚の予想外の答えに戸惑った。
 
そして、また分からなくなった。
 

「飛び込んできたのは紫音だ」
 
「なるほど、そういうことか!」
 

嵐にもわかる。
 

紫音は好奇心が強い。
 

相手の懐にどんどん飛び込んでくる。
 

知りたいと思う心、それこそが変わるきっかけになったのだ。
 


はぁはぁはぁ…
 
紫音は息を切らして走ってきた。
 
「そんなに急がなくてよかろう」
 
嵐が紫音をたしなめる。
 

「だ、だって、会いたかったの!」
 
紫音は息を切らしながらそう言った。
 
「どっちにだ?」
 
嵐は少し意地悪に聞いて見た。
 

「ふ、ふたりによ!」
 
紫音はうまく逃げた。
 

「少し見ぬ間にたくましくなったな」
 
真魚が紫音に言った。
 
「そう?何も変わってないわよ!」
 
紫音はその場でくるりと回りながら言った。
 

「変わっているではないか?」
 
嵐が改めて言う。
 
「以前のお主ならそういうことはしなかった」
 
「そうかなぁ、ま、どっちでもいいや!」 

そう言ってまた回った。
 
嵐と真魚は呆れて笑っている。


「ねえ、阿弖流為達に逢いに来たんでしょ?」

紫音が話を切り出した。
 
「まぁ、そういうことだ」
 
「じゃあ、私行ってくる!」
 
真魚がそう言うと、紫音はまた走って行った。



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「やれやれ…」
 
嵐がつぶやいた。
 
「よかったのか?これで…」
 
嵐は真魚に答えを求めた。
 
「紫音は楽しんでいるではないか…」
 
「それでいいのだ」
 
真魚はそう言った。


続く…