![イメージ 1](https://stat.ameba.jp/user_images/20190610/18/sora-store/16/37/j/o0300030014457131992.jpg?caw=800)
清春の歌い方の癖と、メジャーデビュー時のレコード会社によって作られた≪中性的ヴィジュアルバンド≫のイメージが着いて回ってしまった為、好みがはっきりと分かれてしまったバンド。
(清春自身も当時のことを≪商業主義のポップ路線≫と皮肉って言っていた)
インディーズ時代の彼らのスタイルが、後のヴィジュアル系バンドという一つのジャンルを確立した。
現ヴィジュアル系バンドのメンバーには、当時ローディーとして参加していた者も少なくはありません。
デビューはインディーズからのメンバー3人(清春・人時・臣)とヘルパーのドラマーで始動したが、後に臣の失踪(という風に発表されている)により、ギターもヘルパーが参加。
このギタリストは黒夢無期限活動停止後は、SADSに参加しています。
いやゆる後期と呼ばれる時期の黒夢は好き。
パンク路線を打ち出しながらも、アルバム毎に様々なスタイルを作っていった。
この頃になるとテレビ出演を全て断り、ライブバンドとして年間100本近くを行っていました。
唯一テレビで曲が聴けたのは≪東京モード学院≫のCMソングぐらいだった。
バンドメンバーの人時(B)が結婚をし子供が生まれたのだが、清春の≪年間100本≫のライブというスタイルを変えない状況で、人時は≪家庭≫と≪ライブ≫の間で一人悩んでしまった。
当然、清春にライブの数を減らすのと、休憩を要求するが≪ライブが黒夢のスタイル≫というポリシーを崩さなかったため、脱退を決意した。
これで事実上解散となり、1999年、黒夢は無期限活動停止にはいる。
しかし、活動停止後10年を経過した2009年、一夜限りの復活・解散ライブを行った。
ところが2010年の今年、その黒夢が再始動するという。
今回のこのライブアルバムは、人時が脱退を決意する前の、年100本ライブツアー・ファイナル武道館の追加公演であった新宿LOFT(今はもう無い)GIG。
このライブ中、会場がヒートし過ぎてブレーカーが落ちてしまうというハプニングが起こった(笑)
11曲目の演奏中のことだ。
そして興味深いのが、小さな箱だから判るのだけど、最初から飛ばすバンドだが清春がなかなか温まらずぎこちなさがある。ところが、段々と温まってくると会場と一体となっていく様が手に取る様に判るんです。2曲目までそんな感じです(笑)
まぁオーバーダビングも一切無いまさに一発取りのライブアルバムなので、そういった臨場感はとてもあります。
このアルバムを聴かれたら、黒夢の見方が変わると思います。
食わず嫌いせず一度聴いてみて下さい(笑)
また、こちらは映像も後から発売されていますので、そちらでもいいのかも知れません。
同ライブから、最後の曲の動画を貼り付けます。
1997 10.31 LIVE AT 新宿LOFT / 黒夢 Release1998
01:FAKE STAR02:DRIVE03:NEEDLESS04:S・A・D05:CAN'TSEE YARD06:DISTRACTION07:BARTER08:C.Y.HEAD09:BAD SPEED PLAY10:カマキリ(1997バーストヴァージョン)11:SICK(1997バーストヴァージョン)12:SUCK ME!13:少年14:LIKE A ANGEL
お手数お掛けしますが、下のバナーのクリックを、お願いされてちょうだい┏○゛ペコ