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週に3回から多いと4回、通っているスポーツクラブで

お気に入りのプログラムがあって

今日もそこで何も考えられなくなるくらいリミッターを外して

へとへとになって帰ってきました。



ボン・ジョビが2000年にリリースした歌です。

この歌がクールダウンの前の締めの1曲で、もうインストラクターさんの

指示も入らないくらいぜーぜー言っている中で

残りもあるのかどうか分からない最後の体力で動いた曲です。



これが私の人生。

今をおいて、もうないんだよ。

だってほら、永遠に生きているわけではないし。

こうして生きている今をね、生きていたいんだ。



私のブログで使う文体だとどうにもふにゃふにゃした感じになってしまうのだけど

歌声やメロディのの印象はもっと力強くて、今を生きている私が、ここにいるんだ。

そんな感じの歌です。





こうして緑の中、風を感じながら遠くを見ている次女を見てるとね。

余計なこと考えず、今を楽しむためだけに生まれてきたお前達にこそ、

この歌きっと、ふさわしいのかな、



そんなことを、へとへとになりながら今、考えているところです。

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だからさ

大好きって思っている人がいるなら、それ、伝えなきゃ。

私に残してくれた光は、いつまでも輝き続けてるんだよ。



2015年にコールド・プレイがリリースしたアルバムの一曲です。


これからもずっと一緒にいるんだよ、そう語り合った彼女さんが

どんなことがあったのか、彼氏さんのもとを離れてしまって。

それでも彼女さんがそばにいてくれたことが、

いつまでも輝き続ける光。

そんな、歌です。



これね。

最初は実のところ、全く逆の意味で、私、とらえていました。

まだ彼女さん、そばにいてくれているし、今も与え続けているその愛情が

あるからこそ、もし、いなくなってもね、


そんな仮定の歌なんだろうね、って思っていたんだけど。


Yeah we swore on that night we’d be friends 'til we die
But the changing of winds, and the way waters flow
Life is short as the falling of snow


歌詞を見直して、こんなフレーズがあったから、

あ、残念なことになったのね、そう、思ったのでした。




終わった時間を振り返るか

今ある時間を慈しむか

次女。お前と過ごすときは、それはもちろん今でもそうなのだけど

終わった時間を振り返ることは、少なくとも今は、ないよ。

今お前といられる時間、とても大切だから。



振り返るのは、お前が虹の橋を渡ったとき。

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ゴールデンウイークのこんなのんびりした陽気に

くつろげるような曲、ありませんか?って

グーグルにお伺いを立てて、たまたま知ることができた歌です。

このね、

So when it's late and you're laying and missing me
Wishing you're kissing me
Saying you're pissed at me
Girl, it's all on you

この歌い方がまぁ面白くて。



歌詞を見るとなんかもう行楽気分なんかでは全然なくて


自分の友達のことや自分のこと後回しにして

全部彼女さんのために尽くしてきたのに、

きっと疲れ果てたんだろうね。


もう、あなたここにいないし、私もあなたのそばから離れたし

そんな歌です。


2016年にリリースされたNick Fradiani の歌。

初めて聴いた歌声だけど、優しい歌声です。



人の顔色伺いながら、あなたのためにって動く気持ち

次女、お前にはわからないだろうな。

や、わからないお前だから、こんな晴れた気持ちのいい天気の中

朝も早くから公園でお前と歩きたい、そう、思っているんだけどね。



緑の濃淡が日を追うごとに鮮やかに映える季節になりました。

やっぱりビーグルは、森の中が一番。

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この訃報を知ったのは実は昨日の夜遅くでした。

4月20日、オマーンのマスカットでaviciiが亡くなっているのが

発見されました。



確か彼、病気を患っていて、一度は引退したけど復帰して

またツアーを回り始めた、っていう知識くらいしかなかったので

患っていた病気が急に悪化したのかな、そう思いました。


ところが金曜日、彼の家族が、彼の死が自殺によるものと

声明を出した、そんな記事がネットに上がりました。


彼は、彼のファンを愛していましたが、注目されることを、捨てたのです。


行き過ぎた完璧主義者で、彼自身が思ったほどビジネス向きではなかった

aviciiの苦悩の果て、そういう声明でした。



かきならすアコースティックギターの上にかぶせるように

デジタルな音でリズムを流し、歌われる歌詞はEDMなのこれ、って

思うくらい時としてフォークだったりハートウォーミングだったり。


そんな彼の作る曲を、もう聴けなくなってしまったというさみしさは

彼が今まで作ってきた曲を聴くことでしか慰めることはできない、

そう思うと、またとても貴重な才能が、この世界から失われてしまったんだ


そんな気持ちになりました。



だって。


こういう日々をね、待ち望んでいたんだ。

私たちの過ごすこんな日々、これ以上のこと望む人、いるかな?

このままさ、みんなを連れてきて。

だってまだ、終わってなんていないんだもの。

今のこの日々をね、後悔することなんて、ないよ。

忘れることなんて、ないよ。





こんなに希望に向かっていけるような、歌詞を書く人だったのに。

残念でなりません。

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おしまいの時は 言葉の意味を逆にする。


もちろんそれは、その言葉を伝えた人の方ではなくて

その言葉を受け取った人にとって。


2011年にリリースされたエリオット・ヤミンの歌です。




さんざん私を振り回しておいて、それで謝られてさ

私のこと、大好き そう言うけどね

あの頃の気持ちになるには 大好き その言葉だけじゃもう、足りないんだ。

だってその言葉、さよなら、もうこれで、おしまい

そう伝えるための言葉にしか、聞こえないから。



どうしてこの人、こういう歌を歌わせると心に刺さるような言葉、使うんだろう。


臨界点は人の言葉を逆にする

この歌を聴いて、最初に浮かんだ言葉は、実はこれでした。

どんな物語でも終わりはあって、それはもちろん私たちでも、例外ではない。

最初に、そういうんだもの。

でも、臨界点って言ってもきっと誰にもわかってもらえないから

冒頭の言葉に、置き換えました。




でも三女。

安心して。きっとこれね、おしまいの時を迎えてもこれらから

それぞれの時間を別々に歩いていく人の、気持ちだから。



私がお前にかけた言葉

私がお前に傾けた気持ち

それがお前が虹の橋を渡る臨界点にあっても

逆になること、なかったから。

断言するから。