もうさんざん、同じ地域の方が感想や憤りを述べていらっしゃるとはおもうけど。

1週間前に起こった惨劇で、警察が23歳の男性に逮捕状を請求したって報道が、

今日の夕方にありました。


違う小学校区だったけど、同じ中学校区でした。

あの線路沿いの道は、あの踏切を超えた坂道の途中にある、

本屋さんや、耳鼻科の先生のところに診てもらうその通り道でした。

中学校から帰るときに、気分を変えるために、そして大通りを通りたくなくて

ショートカットしたい、そんな気分の時に通る道でした。


そんな場所です。

こんな惨劇の報道があるまでは、思い出すことすらありませんでした。

でも、確かに私の思い出の場所の、ひとつです。

沿線に住んだことはありませんが、きっと列車が通る音以外は、音のない

静かな住宅街です。

私のような育ちの悪い人種と違い、いいところのお坊ちゃまやお嬢様がいる、

そんなイメージの住宅街です。



警察が逮捕状を請求したってことは、かなりの確証があってのこと

マスコミや世間の声に押されて何とかでっちあげた、そんなことでは決してない

そう、思いたいです。




失ってしまった我が子を思う親御さんの心情は、いくら想像してもさらにその深みには

とうてい追いつけません。

かける言葉も思いつかないくらい、痛ましい思いです。



誰しもが闇を抱えていると思います。

誰しもがこんなことをしでかした人間には極刑を、

そう、望むと思います。


私も、そう。


しでかしてしまった後悔を、悔い改めながら罪を償う?

冗談じゃない。

悔い改めたところで、失った命が戻るわけじゃない。

償うその気持ちが、失った命と、悲しんだ気持ちを慰められるわけがない。



こう言うとね。

だから、極刑を望んだり、しでかした人間のことを恨んでも

失った命を元に戻すことはできないのだから、

だからせめて、罪にさいなまれながら残りの生を全うすることで

苦しみながら罪を背負っていけばいい、


そう思う方も、いらっしゃることと思います。


司法の枠組みとは別にね。

法治国家の住民であることとは別にね。


大切な人を失った、その元凶を憎む気持ち、

大切な命を失った、その元凶を呪う気持ち、

誰がいったい、否定できる?

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2013年にリリースされたAviciiがリリースした歌です。




だからさ、全部終わったら、起こしてくれないかな。

私がもっと、利口でそして、年を取ったらでいいから。

ずっとね、自分自身を探してきていたんだけど、

迷子になっているなんて、思いもしなかったよ。


聴きようによってはね、夢なんかばっかり追ってもっと

現実見なよ、って諭されている少年が、

だったらもっと年をとってからでいいからその時言って。

そんな風に、ふてくされているようにも聞える歌詞です。



でもね次女。

私はね、決してふてくされているわけじゃないけど。


暖かくなってきたのをいいことに


さぁ散歩連れてけ朝ご飯用意して




そんな風に朝の4時半から私の顔をなめ回されて

そして目が覚めるときはね、そう、思うよ。




もう少しでいいから、今見てる夢が終わるその後に、起こしてって。

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私、前から言おうとして言えなかったこと、ここで打ち明けたいんだ。

そう、貴方がきっと分かっている以上のこと。

分かってないでしょ、貴方、貴方が思う以上に最高なんだって。




get it off my chest


この言葉をね、どう訳したら一番しっくりくるのかを、考えてはやめて

結局は、辞書に載っているような言葉でしか表すこと、できなかったけどね。

Axwell Λ Ingrosso が2017年にリリースした歌です。

カタカナだと、アクスウェル・イングロッソになるのかな。


私が最初に耳にしたのがこの歌のアコースティックバージョンなので、

だからなのか、繰り返されるフレーズ more than you know 

これが耳から離れないことが、一時期ありました。



うん。


分かってないでしょお前、って意味では、三女が一番そうだったかもしれない。

ドッグランの女番長といわれながら

家の中では長女にけんか売っては、逆に足をかまれて情けない鳴き声上げたり

次女にちょっかい出しては、耳元で大声で吠えられてかまってもらえなかったり。

そんなお前が夜になると

私の足下で丸まって寝るのを見ては

ついついかわいそうになって、私の腕枕で眠らせたっけ。

長女はそれ、いやがっていたけどね。

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残念なのは、今と同じような画素数で三女の小さい頃の姿

残すことができなかったこと。

そりゃだって。

三女を迎えた頃なんて、あの頃の10倍を遙かに超える画素数が

当たり前になるなんて、思ってなかったもの。



泣きのボーカルと言われたこのボーカリスト、ジョン・ウェットンも昨年、

この世から旅立たれたことを思うと、容赦なく思い出は置き去りにされてしまう

そんなことを、考えてしまいます。



エイジアが1983年にリリースしたアルバム、アルファに収められた歌です。

私の記憶に間違いなければ、この歌、シングルカットはされていませんでした。

だけど、ギターのイントロとこのボーカルのもの悲しさ、そして

独特のコーラスの厚みが存分に生かされた、とても心に残る歌でした。




私しかいない、私のこの時間でね

私が本当にしたい、そんなことをするんだよ。

もうこの学校を去るからね、私もう、何も見せるものも、失うものもないし。

いつも役割の中で演じるの忙しかったし。

私の中にある私に対する信頼。

それだけがね、私に生きる力、与えてくれるってこと、やっとわかったんだ。



そんな感じの歌です。




でも三女。

お前はそう決意するまでもなく、お前で居続けたものね。

おかしいだろ、お前のご主人になる人間って、決意しなければこんなこと、

思うこともできないんだよ。

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この歌でどうして三女を思い浮かべたのか

どうしてこの歌、記事にしたいのかってのも

はっきりした目的も何もないのだけど



新しいものが古いものを駆逐していった時の

古いものをいとおしく思う気持ちを

面白悲しく歌っているこの歌は

1980年にリリースされてもう40年になろうとしている今でも

私の気持ちの中に残っている歌です。

バグルス。のちのエイジアにもつながるジェフリー・ダウンズが

率いたバンドの、私が知っている唯一といってもいいヒット曲です。



テレビがラジオスターを殺してしまった。

私の心の中にある、そしていつも車の中にあったラジオスターを。

もう、巻き戻せない。あまりにも遠くへ来てしまったみたい。

押し寄せる映像がね、壊してしまったんだ。ラジオスターの心を。

全部ね、ビデオのせいだよ。



三女。

お前の代わりに何か新しい何かが来たわけでも

お前の代わりに何かいいものが来たわけでもないけど

お前のそのふてくされたような顔見ていると、

そう、思ってるだろ。

私、追いやられたって。


そんなことないよ。