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そりゃだって。

「愛」なんて言葉、使い古された時代遅れの言葉だもの。

でもね。

夜の淵にさまよう人たちを気に掛けること、教えてくれるし、

私たち自身を大切にするその仕方、変えることを教えてくれるのも、

きっとこの言葉。



1981年にリリースされた、クイーンとデビッド・ボウイの歌です。

数年前アメリカのドラマ glee で、この歌の原曲がどうにも

ならないような古臭い歌だけど、マッシュアップでこんなに

かっこよくなるんだ、みたいなくだりがありました。


何かはよくわかないけどのしかかるプレッシャーの中、

ここから出してと叫びながら生きている私たち。

周りを見渡せば路頭に迷った人たちが今を生きることすら

あきらめているかのような疲れ切った表情。


そんな中、もう使い古された言葉だしみんな見向きもしないかもしれないけど

愛って言葉、もう一度私たちの手の中に、取り戻さないかな?


そんな感じの歌です。




三女。

言葉を持たないお前にはきっと、わからないだろうな。

言葉を使って奮い立たせなければならない気持ちが、

きっとお前がいつも当たり前に持っていた

大好きって気持ち。


きっとそれだけ、この世界で人間が作った生きていく仕組みがどんななのか

知れば知るほど、恐ろしいものになっているんだよ。

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貴方がいてくれたら、全部、うまくいくの。



2016年にリリースされたレイチェル・プラッテンのアルバムに

収められた、どちらかというと控えめな、ピアノの伴奏と

彼女の歌声が印象的な歌です。


決して、貴方がいるから今はバラ色、みたいな華々しさは

ないのだけど、



貴方が来てくれてからというもの、この場所とても、居心地がよくなったの。


そんな感じの歌です。

歌の後半にね、こう言うの。

Now I'm alright
Now I'm alright
Everything's alright

不幸で色も何もない絶望しかない場所だった、というわけではないけど

少なくとも色のない味気のない場所だった、そんなことを思わせるフレーズです。



次女、お前だけじゃなくて。

長女やそして、三女がいてくれてからこのかた、

色のない味気のない場所であることは、なかったよ。


少なくと今こうして、次女と一緒にいられるこの時間は、そう感じることができる。




誰かがいるから意味を見出したり、世界に色彩を感じられるってきっと

そう思える誰かがいないと、生きていることに意味を見出せないってことなのかな。

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自分でもダメダメってわかっているくせに

がっかりさせているってわかっているくせに

今までそれを改めることができなくてごめんね


なんか、そんなモチーフを取り上げること、

イマジン・ドラゴンズって好きなのかな。

2017年にリリースされたアルバム Evolve

その中のトップに収められた歌です。



いつだって貴方のこと、がっかりさせて

地面にたたきつけられたような、そんな気分だろうけど

だけどそれでも、私、そばにいるから。

だからね、ありがとう。

チャンス、くださって。

簡単なことじゃないってことわかってるよ。

でも、価値があるって私、信じてる。



ちょっと待て。

君が価値があるって信じるのはそれは構わないけど

その価値って、誰にとっての価値なのさ。


見捨てないでよかった、そう思わせる価値を、これから作り上げるってこと?

それとも、見捨てられないでいられる価値が、もうすでに自分にあるってこと?




こうしてね。

自分の母国語ではない言葉を自分の言葉に置き換えるとき

それが歌詞であればなおさらなのだけど

言葉の裏側にある意味や、その言葉でもう前提として抱えられた常識が

見えないことがあります。



たまにこんな風に、ぐるぐると考えながら、しばらくの時間、その考えの中に没頭すること

決して嫌いではないけど、すっきりとした達成感を、感じることはあまりありません(笑)






そんなぐるぐると考え続けることなんかとは全く別に

ええ、感謝はしてますとも。

私のとなりにいてくれる次女に。

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誠実であること。

これってとても孤独な言葉って、そう思うんだ。

だってほら、みんな、どこかしら誠実さとはかけ離れているから。

だから、滅多に聞かないじゃない。誠実って言葉。

そしてね。

私、貴方から一番ほしいもの、誠実であることなんだ。





1978年に発表されたあまりにも有名なビリージョエルの歌です。

この歌の題材にされた次女はきっと、怒ってるだろうな。



え、なに、じゃ私が誠実じゃないって言ってるのそうなの?

そりゃ誠実っていうよりも正直とは思うよ。

特に食欲と睡眠欲に対してはさ。



以前は日本語そのものを商売道具として仕事していたくせに

とても情けないのだけど、いまだに腑に落とすことができません。



正直であること 

素直であること

そして、

誠実であること




一つ一つ違う中心点を持った、とても交わることの多い意味領域をもった

言葉と思うのだけど。


こと自分のことになると、この言葉の使い分け、分かっていないような気がする。



きっとね

人間不信に陥ってもう人とおつきあいするのはもうこりごり、

独りで生きていくことで折り合いつけたんだから、もういいよ

そんな風に思っていた疲れ切った男の人が、また、心惹かれる

女性にであったときの、そんな歌です。


他に要らないし、求めもしないから。

貴方が誠実であること、それを一番ね、感じたい。







この記事を上げたところで、その言葉の使い方、分かったような気になっているなんて

そんなこと、思っていません。

きっともっと、考えるだけではなくて、感じなければいけないことなんだと思ってます。

そして


いつか、私自身が他の誰に対しても

誠実な方ですね

そう、言われるように、なりたいな

そう、思いました。

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1991年にリリースされたフィル・コリンズ率いるジェネシスのアルバム

We Can't Dance に収められた歌です。

このアルバム自体、まぁふざけきった歌から歴史的な出来事まで扱った

バラエティーに富んだアルバムなのですが、その中でも、


大切な人を失ったその時の気持ちを切り取った歌、


そういう写真のような歌詞が、とても印象的な歌です。



私の心、もう、見る影もないくらい、ばらばらになっちゃったよ。

貴方がいなくなってから。

貴方の手、離さないよう、しっかり握っていたはずなのに。

昨日と同じ今日、今日と同じ明日の人生なんて、ありっこないのにね。





切なさが増すのはきっと

二度とは来ない流れる時間を言葉で切り取って

記憶の中に残そうとするから。


この歌を聴くとね、

いつもそんなことを考えます。



言葉で切り取っても、映像で切り取っても

流れる時間を止めることもできなければ

巻き戻すこともできないのは、

今はもうここにいない三女が、思い出の中にしかいないことで

思い知っているのに。