現在ガザで起きている争いを含め、パレスチナの問題を理解する上で大変参考になった本を2冊ご紹介したいと思います。ただし、私は世界史の知識は乏しいので、そのぶん差し引いて読んでください。

 

1冊は、以前、来年度のテキストについて検討中の本を何冊か挙げたときにご紹介した(「来年度のテキスト決めました」)、The Lemon Tree という本です。下のカバー写真をご覧ください。青い方は子ども向けに編集したバージョンですが、大人でも十分読み応えがあります。先のブログを書いたときには、英語の授業で使うテキストとして、こちらを検討中と書きました。(その後、紆余曲折の末、この本を使うことにしました。)

 

     

 

この本は、イスラエルの建国によって住処を追われたパレスチナ人の Bashir と、ヨーロッパから迫害を逃れてこの地に移ったユダヤ人家族の娘(Dalia)の交流とそれぞれのたどった道を中心に、個人の経験を前景に押し出す形で20世紀初頭から今日までのパレスチナ/イスラエル問題の歴史を描いています。Bashir が爆弾テロへの関与を疑われてイスラエル当局に捕まり拷問を受けたことなどを含め、個人の体験や考えを通してこの歴史を見ることができます。

 

今日はもう1冊、ご紹介したいと思います。同じ時代のパレスチナ/イスラエルの歴史を扱った本です。より俯瞰的にこの100年の争いの歴史を記述しています。

 

Rashid Khalidi, The Hundred Years' War on Palestine: A History of Settler Colonialism and Resistance, 1917-2017 (Metropolitan Books, 2020) です。

 

 

著者 Rashid Khalidi は、パレスチナの名家の家系の出で(父親が国連で働いていたこともあり、生まれはアメリカです)、コロンビア大学教授をしています(詳しくは本書の Introduction、または Wikipedia「Rashid Khalidi」を参照してください)。

 

*画像は Wikipedia から。

 

この本は100年に及ぶ争いの歴史を6つの戦いを軸に書いています。1917年のバルフォア宣言に始まりヨーロッパのユダヤ人がパレスチナに流入し、パレスチナ分割に至る時期(1917-39)、イスラエルの建国(1947-48)、1967年の第3次中東戦争(6日間戦争)、1982年のレバノン侵攻、1987-95年の第1次インティファーダ、2000-2014年の第2次インティファーダです。

 

The Lemon Tree とは違って国やネーションの視点で書いてある本ですが、Bashir のような個人に同情を感じるのとはまた別の苦しさを感じます。The Lemon Tree で、Dalia が安住の地を望む権利はユダヤ人にはないのかと Bashir に問う場面があります。同じことを問うパレスチナの人の権利は、なぜこうも否定され続けているのかと。

 

もちろんパレスチナ人の目で書かれています。ただ、一方的な書き方をしているかというとそうではなくて、この間のユダヤ人(の中でもシオニスト)の政治力、大国の思惑、さらにはパレスチナ人内部の分裂や中東のイスラム諸国の事情によって、いわば自ら招いてしまったところのある不幸という点も指摘されていて、パレスチナ人(の指導者層)自身であるとかアラブ諸国への批判的観点もきちんと述べています。

 

イスラエルがとりわけ上手く利用したのは、自らを被害者として描くナラティブです。アメリカの大学などでパレスチナ寄りの意見が出るなどイスラエル批判があると反ユダヤ主義(anti-semitism)のレッテルを貼られて、ナチスの見解や行為と同様のことのように言われがちな状況が、ニュースなどで日本にも伝わってきています。(例えば「米名門大学の学長辞任 学内の反ユダヤ発言の是非を『文脈次第』と下院で発言、非難浴びる」BBC News Japan, Dec. 10, 2023

 

確かに多くのユダヤ人がヨーロッパで迫害され、特にナチスによって殺害されたり住処を追われたりしました。また、昨年10月のハマスの行為のようなことが「テロ」にあたるというのも正しいでしょう。一般市民が連れ去られたり危害を加えられたのですから。けれど、パレスチナ人対ユダヤ人の構図は、同等の力を持っている2者の争いのように思われがちですが、後者が圧倒的に力を持っている中での不公平な戦いで、無辜の民が多数殺されたり迫害されている点ではパレスチナ側も同じか、より酷い目に遭っています。そもそも「青天井の牢獄」(open-air prison;p.221)と言われるような状態で暮らしているパレスチナの人々の扱いは、カースト制やアパルトヘイトと変わらないです。紹介文から一部引用します:

 

Drawing on a wealth of untapped archival materials and the reports of generations of family members — mayors, judges, scholars, diplomats, and journalists — The Hundred Years' War on Palestine upends accepted interpretations of the conflict, which tend, at best, to describe a tragic clash between two peoples with claims to the same territory. Instead, Khalidi traces a hundred years of colonial war on the Palestinians, waged first by the Zionist movement and then Israel, but backed by Britain and the United States, the great powers of the age. He highlights the key episodes in this colonial campaign, from the 1917 Balfour Declaration to the destruction of Palestine in 1948, from Israel’s 1982 invasion of Lebanon to the endless and futile peace process. 

 

ここに言われているように(下線を引いておきました)、入植してきた大勢のユダヤ人によるイスラエル建国は、例えばかつてヨーロッパ人が先住民を征服・抑圧してアメリカ大陸を植民地化したのと同じ構図だと、Khalidi 教授は指摘しています。20世紀、特に第2次大戦以降は世界的に脱植民地が進んだのですが、その歴史的進行に逆行するものだ、と。

 

 

"Violence is bred by occupation," Historian Rashid Khalidi on Israel-Gaza, Amanpour and Company (PBS, Oct. 18, 2023)

 

こちらのインタビューもご参考までにご覧ください。ハマスによる攻撃(10月7日)の10日くらいあとの時点でのものです。

 

この本を読むと、イスラエルの戦略の巧妙さが際立ちます。それとは対照的に、パレスチナ人の側に効果的な手段がないこと、不公平な争いを強いられている状況が痛切に感じられます。彼らの100年に及ぶ、ますます苦境にはまっていくプロセスを読み続けていると非常に苦しいのですが、知っておかなくてはならない歴史なのだと思います。