ずいぶん考えましたが、締め切り日に、やっと来年度の授業(大学3〜4年生対象の、英語の演習授業)で使うテキストを決めました。あとでご説明しますが、いろいろと事情があって、一昨年、昨年と使ったテキストをもう一度だけ使うことにしました。

 

 

その事情というのは、簡単に言うと教科書代です。

 

前回(1月26日の書き込み)以降もさらに何冊か検討して、特に下の写真の本はかなり使いたかったのですが、ちょっと読むには苦しいお話しなところがあって、今回は見送りました。

 

    

 

候補にしていたのは青い表紙の方 Sandy Tolan, The Lemon Tree: An Arab, A Jew, and the Heart of the Middle East (Young Reader's Edition, Bloomsbury, 2020) です。これは黄色い表紙の元の本を若者または子ども向けに修正したものです。元の本(黄色い表紙)の方が良いのですが、英語原著に慣れていない人にはやや難しいと思います。それで、今回テキストには使いませんが、良い本なので一応紹介しておきます。

 

これはイスラエル建国によって土地を追われたパレスチナ人の若者 Bashir Khairi が、かつて自分が住んでいた家(裏庭にレモンの木がある)を訪れたところ、現在の住人であるイスラエル人 Dalia Eshkenazi Landau(ブルガリアから移住したイスラエル人家族の娘)が意外にも Bashir を家にあげ、中を見させてくれたところから始まる2人の友情を中心に描かれた、イスラエル/パレスチナ問題の歴史(実話)です。この問題の歴史を知りたい人には、おそらく最高の入門書の1つと言って差し支えありません。邦訳は残念ながらないのですが、ぜひ出版してほしいです。

 

1月16日の書き込みでご紹介した Reza Aslan, The American Martyr in Persia も含め、広くイスラムまたは中東のテーマにこだわったのは、現在進行中のイスラエル/パレスチナの問題、そして9.11テロ以降のイスラム系移民の問題などがあるからです。外国語の学習と並んで異文化共生について学ぶことは、現代人にとって必須の教養だと思うので、このテーマを取り上げたいと考えました。ただ、今回(来年度の授業)に関しては、見送ります。再来年こそ...

 

The Lemon TreeAn American Martyr in Persia を見送ったことで、これも今年使ったテキストですが、 Ronald Takaki の A Different Mirror (for Young People) をもう1回使うことに一旦は決定しました。ただ、大学の生協に問い合わせたところ、値段が高い...  今年も高かったのですが、そこには目をつぶって使いました。でも、円安によってさらに値段が上がり、中古で入手するのもやや難しいので、諦めます。電子書籍版ならもっと安いですが、これはそれほど多くの学生が使っているものではないので、まだ選択肢にならないように思います。

 

前に書いたように、この授業は大学3、4年生向けの演習なので、ただ英語を学ぶだけではなく、英語を使って何かを学ぶ機会にもしようと考えて毎年計画しています。学生の専攻(外国語、外国文化)を考えて、異文化理解、差別、偏見、社会的格差に関わることを可能な限り取り上げることにしているのですが、もう少し述べておくと、ただ役に立つ技能ということで英語を学ぶのではなく、自分がこれまで知らなかった暮らし、文化、社会、歴史、考え方などを学ぶことで、あたり前だと思っていることを相対化し、そうすることで他者に対する想像力を鍛える機会にできればと思っています。

 

教育学者のマキシン・グリーンが書いているように、私たちがあたり前だと思っている価値観であるとか社会のあり方等(our givens)は実は他にもたくさんのあり様が存在する中の1つ(contingencies:偶然)に過ぎません。そのことを理解することで、私たちは多様性を受け入れ、より良い生き方やあり方を想像することができるようになるのではないでしょうか。

 

Once we can see our givens as contingencies, then we may have an opportunity to posit alternative ways of living and valuing and to make choices. (Maxine Greene, Releasing the Imagination: Essays in Education, the Arts, and Social Change, Jossey-Bass, 1995, p.23)

 

同じく教育学者のキエラン・イーガンも次のように述べています:

 

Of course it would be too much to say that the evils of te world are due simply to lack of imagination, but some of them seem to be so. The lack of that capacity of the imagination which enables us to understand that othe people are unique, distinct, and autonomous -- with lives and hopes and fears quite as real and important as our own -- is evident in much evil. (Kieran Egan, Imagination in Teaching and Learning: The Middle School Years, The University of Chicago Press, 1992, p.54)

 

多様な人々の共生する社会に向けた教育とは、こういう学びを含むべきでしょう。そして、英語を使って外国の(そして時には日本・日本人の)歴史や文化を学ぶことは、そういう学びの導入として最適だと思います。

 

今回再登場を願うテキスト(Reading with Patrick)は、このような意味では最高の1冊です。私の授業を履修する学生には、外国語・外国文化を学ぶ人たちだけでなく、他専攻だけれども教職課程を履修している人たちもいます。そういう学生にとって、苦労してでも読む価値のある1冊です。

 

もっとも、この本には邦訳があるので、こっそりとそちらを読んでしまうこともできます(以前使ったときには、おそらくほとんどの受講生はプレゼンの準備等に際しては邦訳を見ていました)。英語の訓練という意味では、邦訳の手助けなしで読ませたいのですが、この条件も満足できて、なおかつこれまで書いてきたような学びになる本を探すのは、なかなか難しいです。

 

 

【2月27日追記】実はこのテキストに決定したあと、やはり価格が問題になって、Reading with Patrick 再登場を諦めました。大学生協で見積もりを出してもらったところ、4,000円を超えてしまうそうです。そこで2,000円弱で収まる別のテキストにしたら、今度は在庫が足りない...  その後まだ決めきれずに悩んでいます。もうしばらくかかりそうです。