第1章 3 無我
「私」=「我」への執着から離れること、そのために自力と他力で「私」を超克し(超え出ていくこと)、「私」を溶解させること、そうすれば「私」と「あなた」(『自己』と『他者』)の境目がなくなり、分断と断絶が埋まり、ひとつの世界になる、本来の姿、自他不二の世界に戻ることができる。 つまり、 「私」=「我」がない「無我」の状態になれる(戻れる)。そうすれば、煩悩が消滅し(煩悩を生む『私』がないのだから)、生老病死、愛別離苦などすべての苦から解放され完全な自由な境地に達することができる(『私』がないのだから何の苦も認識できない)。仏教ではそれを究極の幸せ、涅槃と呼びます。 しかし、「私」、「私の身体」「私の尊厳」「私のプライド」「私の時間」「私の所有物」などへの執着を滅することは非常に困難なことです。 なぜなら、私=島田も、あなたも今まで何十年間生き てきた中では、ただひたすら「私」と「私のモノ」」=「我」を前提に、それを大切にし、それを少しでも拡大増殖させることに執着し、同じように「私」と「私のモノ」に執着した「他者」と交わり生きてきたのですから。