シマダノシマニッキ
最終的には「私」が判断するとしても、関わり合いは、「私」始発の関心のみでは生まれません。 前述した「4.波動関数」のように、3変数の波動干渉によってこそ「関わり合い」は生まれ、その「関り合い」から「私」が生まれ、その「私」は、何かと同時的に「関わり合い」ながら生きています。 それは、いま、この島田のブログを読んでいるあなたにも同じことが言えます。
私達は誰もが生まれた時から、例えば空気や母親など、何かに「関わり合って」います。何かに「関わり合う」ことなく、それ単独で生きることはできません。 また概念も、他の概念と一切関わり合うことなく、それ単独の概念としてのみ存在することはできません(仏教で言う、諸法無我)。 例えば死という概念は、生という概念との差異を持ちながら成立しています。死という概念が他の概念と一切関わりを持たず、それ自体のみで成立することはありません。
X、Y、Zという3つの変数がそれぞれ干渉し、重なり合い、影響し合うことを、島田は、「関わり合う」と呼びます。 等価値である3つの変数が関わる状態、「関わり合う」ことは、存在論のあらたな地平を拡げるキーワードになると考えます。