此処と遠くと | デペイズマンの蜃気楼

デペイズマンの蜃気楼

日々の想った事、出会い、出来事などなどをエッセイのように綴りたいなと。
時折偏見を乱心のように無心に語ります。

現場の人は「生きる」こと。
遠くの人は「考える」ことを与えられてるのだと思う。
瞬発力で生きなければならない状況において「考える」ことは、時には判断を遅らせることにもなる。
「生きる」ことを優先しなければならない時がある。

そこから離れている自分たちに課せられるのは「考える」ことだと思う。
観察して考察して迅速の道を選んで、けど時には回り道も大切で。
そして互いにできることを繋げるのが、非常時のチームワークだと思う。
それぞれの状況にどっちが優位かなんてない。

溢れ出て乱発する情報ひとつひとつに脊髄反射しないように心がけている。
「え!?」と思う情報でも深呼吸で一度収めている。
その情報が流れる裏に何が潜んでいるのかを考えるようにしている。
「考える」立場に立っている人間が負の感情を優先させると「生きる」人が死ぬこともあるからだ。
「心痛めて怒ってるから自分は何かを成し遂げた」は一番役に立たない、どころか一番の人災になる。
迅速と安心への近道、ベストの道を考えて、遠くの空と真上の空を繋げる。

降りかかった出来事は「罰」ではなく、いつだって「鍛錬」だと思いたい。

遠くと、此処。
そのチームワークを子どもたちは真っ直ぐの目で見て、真っ直ぐの耳で聞いている。


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