数年前。奈良のある映画館で。
奈良に越してきてから都会で映画を観るのが苦手になった。
奈良の映画館はほとんど満杯になる事はない。(夏休み・冬休みなどの子供映画は知らないが)
だから大概は前後左右を干渉されずに一人の世界に入れる。
が。
その時は珍しく9割ほど座席が埋まり、僕の隣に…今だにどちらかわからないのだが、高校生くらいの男の子なのか、男の子っぽい女の子かどちらかわからない子が座った。
(便宜上[彼]とする)
飲み物も食べ物も持たずチケットだけを両手で大事そうに握りしめて。
予告編が照らされた時から彼はスクリーンの中に魅入っていた。
本編が始まったけど、ちょっと僕には合わないな、という映画であまり溶け込めなかった。
なんとなくチラリと隣の子を観ると、初めて映画を観たのかな?と思うほどにその目で楽しい場面、悲しい場面、怒りの場面に感情移入しているのがわかる。
僕は映画本編よりもスクリーンの光に照らされる彼の顔を見るほうが楽しかった。
彼は少し前のめりに世界に没頭していて全く微動だにしなかった。
エンディングロールが全て終わった時にようやく彼はゆっくり背もたれにもたれて「ほぉ…っ」とため息をついた。
そして二時間半の時間を大事に心にしまうように席を立って帰っていった。
だから僕は映画館が大好きだ。
映画も大好きだし、作品も大好きだ。
例え僕に合わない作品でも、誰かの1日を楽しませて、誰かの1日を大事に締めくくって、誰かの明日を育てている。
作品が誰かに届くそんな時間を共有させてくれる。