ヨガスル日日 -7ページ目

日曜日もヨガ

今日もヨガができる幸せ。


日曜日は旦那も休みで家にいるけど、私は朝8時半頃にそそくさと

家を出て、教室へ向かう。


いつからか、このペースが定着した。


休みには夫婦一緒にいる。

なんて、誰が決めた?


それぞれがお互いに必要だと思うことを、ただひたむきに続ける。

それが、お互いの安らぎにつながる。


今まで覗いたもの体験したものは数限りなくあるけれど、

ここまで続いているのはヨガが初めてだ。


先生の言葉、まなざし、生き方、しぐさ。

どれも私の理想であり、それが在るから教室に通う。


でも、同じようになりたいわけではない。


オリジナルであること。

これが大切なんだと、いつも思っている。


いつか、自分の言葉で自分の表現方法でヨガを現わすことができるように


今日もヨガをする。


自分でやった分だけ自分のものになる。

強くなる。





菜食であること

今はそんなにめずらしくはなくなったかな。

菜食。




私がヨガを始めた3年前。

菜食をしていた先輩方を見ても、


ふーーーーーん


と、他人事のように見ていた。

家族の食事とは別に自分のを用意するなんて

大変なことしてるな、と。



でも、今私は菜食をしている。

強制されたわけではない。

素敵な生き方をしている、私の大好きな人たちが20年以上菜食を続けていた。

あんな人がいるんだ。

そんな風に生きたい。



好きな人のマネ、したくなるよやっぱり。




旦那と二人暮らしの身、何を作ろうが何を食べようが障害は少ない。

それでも、始めたころは疲れた様子を見せると、

「ほら。何でもバランスが大事だよ。偏るのはよくない」

と、ここぞとばかりに言ってきた。




でも、基本的に自由にさせてくれる。

というか、私の変化を認めてくれたってことか。

とにかく、うるさくない人でホントありがたい。




問題は、親。

実家に帰るたびに出される、肉・魚・卵ふんだんのおご馳走。

いかにさりげなく食べずにすますか。

手巻き寿司のときは、気付かれないように納豆巻き、きゅうり巻き、サラダ巻きを

繰り返し食べていた。

母にはなんとかそれらを入れてくれるなとお願いできるけど。

父がそれを聞いたらなんて言うか。

話してみようとも思わない。

小さい頃から父には本当に思ったことを話したことがない。




ウソはついてはいけない。

誰かをきらいになってはいけない。

怒りや憎しみをもってはいけない。




とは、先生は言わない。

だから信用できる。

だからヨガを生きようと思った。




あらゆる生命と共に生きる。

恐怖や不安を煽る食べ物はとらない。



自分で決めたことだ。




その場の空気を壊すことになっても

食べられないものを勧められても、それは食べないと僕は言うの。

と、先生は言う。




まだ、私はそこまで強くなれない。

失敗したくないから、慎重になる。

すべって転んだら、また立ち上がる。

これの繰り返しだ。

積み重ねが覚悟をつくる。




おはようございます

動物性食品を食べなくなって、1年半くらい経つかな。

ニンニク、ネギも私のやっているヨガでは、タマシックと分類されているので

食べていない。

卵も食べない。




ネギ、あのつんとした味が好きだった。

豚肉と白菜をごま油と塩だけで、くたくたに煮て冬の寒い日によく食べたなあ。

卵なんて、社食で同僚の分まで温泉卵をつるりと食べて、気味悪がられていたほど。




始まった当初から、生理痛が重かった。

高校の授業を抜け出して、保健室でウンウンいっていたことも少なくない。

就職先も、将来の仕事も、考え方そのものにも、

この重い生理痛は、弱い私に大きく影響した。




・・・・・私は、こうだから、こういう生き方しかできない。

                        (ホントはこうしたいけど)





今では。

あんなに手放せなかったナロンエースを飲まなくて平気に過ごせるようになった。

体の中が温かいのだ。

最初にきづいたあの日。

うれしかったな。





もちろん食べ物だけが体を作るんじゃない。

どういう想いで頂くかが大事。

でも、自分はこういう想いでいたいという状況をつくりやすくしてくれる。

そんな食べ方なんだ。

ベジタリアンは。