そぼろが戻ってきた【短編小説】 | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

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作家の林瀬那です。

私が
描いた物語を載せてます。

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そぼろが

戻ってきたと

隣りの家の叔父さんから聞いたのは

 

昨日の午後のことで

 

 

 

 

 

 

さっそくそぼろに逢いに

私は

家を飛び出した

 

 

 

 

 

 

 

 

そぼろに逢うのは

実に

久しぶりなので

 

私は

手土産に

そぼろが好きな

どら焼きを

買いに行くことにした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美味しいものを食べている時のそぼろは

とても幸せそうなので

見ているこっちまで

幸せになる

 

 

 

 

だから

どうせ買うなら

 

そぼろが好きな

どら焼きにしよう

 

と名案を思いついた私は

日本橋のうさぎやで

できたてのどら焼きを

買うことにした

 

 

 

 

 

 

 

うさぎやの狭い店内は

いつものように

ビジネスマンや

OL風の女性で混み合っていた

 

 

 

私も

日本橋で仕事をしていた頃

取引先への謝罪用のどら焼きを

朝イチに買ってくるよう頼まれては

買いに来ていたので

 

平日に

ここにくると

とても不思議な気持ちになる

 

 

 

 

 

 

そぼろに逢うために

買いに来ただなんて

 

あの頃の私が知ったら

さぞかし

羨ましがったのだろう

 

 

 

 

 

そんなことを

ぼんやりと考えながら

 

どら焼きは

叔父さんの分も買った

 

 

 

 

 

 

 

 

私は

うさぎやの紙袋を手にし

 

日本橋の橋を渡って

そのまま歩いて行くことにした

 

 

 

 

 

空は

とても晴れ渡っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

日本橋の橋のたもとで

「日本橋」の石碑を見ている

若い女性達がいた

 

 

 

「ここが最初なんだね」

「本当だぁ」

そんな

可愛らしい会話を聞きながら

私は

橋を渡り始めた

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

日本橋の橋の上の

首都高速は

あいもわからず

沢山の車が行き交っていて

 

 

首都高速が

橋の上を塞いでいるので

日本橋の橋は

日中でも

少し薄暗く

 

風情も

情緒も

あったもんじゃなかった

 

 

 

 

 

 

 

首都高速をなくそう

という運動もあるそうだが

 

 

私は

今の

この日本橋は日本橋で

けっこう好きだった

 

 

 

 

 

 

 

 

光と影の狭間で

麒麟の像が

陰影をなし

 

過去とも

未来とも言えない

不思議な空間の橋の上で

 

走り去る車の音を聴くと

 

まるで

この橋だけが

全く違う空間のような気がしてならなかった

 

 

 

 

 

 

夜になると

日本橋界隈は車が減るので

 

シンとした

静寂までも

手にすることができ

 

ますます

時間軸がなくなるので

 

 

 

夜の

日本橋が好きで

 

あの頃

よく

そぼろと来ていたのを

思い出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麒麟の像の写真を1枚撮り

スマートフォンから

そぼろに送ってみた

 

 

「ここどこだか分かる?」

 

 

 

 

 

 

 

そぼろから

瞬間的に返事が来た

 

「分かるに決まってる」

 

 

 

 

返信をしようとしていたら

そぼろから

電話がかかってきた

 

 

 

 

 

「今

日本橋の三越で

どら焼き探してた

 

あの店なんていうんだっけ?」

 

 

 

「どら焼き?」

 

 

思いもよらないフレーズに

私はドキリとした

 

 

 

 

 

「そう

久しぶりに

あのどら焼き

一緒に食べようと思って」

 

 

「あぁ なるほど」

 

 

 

「なんて店だったっけ?

確か

日本橋のお店だったよね

 

三越じゃなくて

高島屋だったっけ?」

 

 

 

「違う違う」

 

 

 

私は

安心と嬉しさで

持っている手元の

うさぎやの紙袋を見た

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず

今まだ

橋にいるなら

そっちに行くよ

 

橋の上で待ち合わそう

橋の真ん中で」

 

そぼろは

さも当たり前のように

私に言った

 

 

 

 

「あの日みたいに?」

私は

思わず聞いた

 

 

 

「そう!」

そぼろも

大きな声で答えたので

私は

 

「なら

そぼろは大号泣してなきゃだね」

少しイヤミのように言ってみた

 

 

 

「号泣はしてない

何度も言うが

たいして泣いてない」

 

「あら?そうでしたっけ?」

 

 

痛いところをつかれたからか

そぼろは

 

「どうせなら

花時計でホッケーキ食べない?」

 

と話題を変えた

 

 

 

 

「花時計

閉店しちゃったんだよ」

 

 

「嘘?ショック」

 

 

「そぼろがいなかった間にも

時代は

動いているんです」

 

「食べたかったなぁー」

 

「残念でした!」

 

どら焼きを買ってしまっている私は

さっさと会話を終わらせたかったけれど

矢継ぎばやに

そぼろが言ってきた

 

 

 

「なら

千疋屋でパフェ食べない?」

 

「ねぇ そぼろ

さっきから食べることばっかり!

いいけど千疋屋高いじゃん」

 

「金ならある!

久しぶりの再会なんだから

ご馳走してあげてやってもいいぞ!

 

千疋屋 行きますか?

行きませんか?」

 

「い!き!ま!す!」

 

 

私達は

声を揃えて笑った

 

 

 

 

 

 

 

見上げた

日本橋の空は

とても狭かったけれど

 

空は

確かに

果てしなく続いているようだった

 

 

 

 

 

 

「そのあと

どら焼きを一緒に探そう」

 

「どら焼き食べれるの?」

 

「食べるでしょうよ

誰だと思ってんだ」

 

 

「そぼろ!」

 

 

「だろ?

 

どら焼きは

必須で食べたいんだよ

叔父さんからも

頼まれちゃったし」

 

 

「そっか」

私は

思わず笑みが溢れた

 

 

 

 

 

 

「とにかく

橋の真ん中で待ってて」

 

 

「うん」

 

 

「すぐ行くから

麒麟の写真でもとりながら

遊んでて」

 

 

「うん そうする

そぼろ?」

 

「なに?」

 

「どら焼き屋さんの名前

早く思い出してね」

 

「おぅよ」

 

「そぼろなら

思い出すと思うよ

ではまたね」

 

「ではでは また」

 

 

 

 

 

電話を切ってから

見上げた麒麟の像は

凛々しい表情のままで

 

光と影の狭間で

陰影をなしていた

 

 

過去とも

未来とも言えない

不思議な空間の橋の上で

 

こうして

そぼろと逢うのは

久しぶりだった

 

 

 

 

 

走り去る車の音を聴くと

 

まるで

この橋だけが

 

宇宙の中の

全く違う空間のような気がしてならなかった

 

 

 

 

 

 

 

〜 終わり 〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは

作家の林瀬那です

 

 

短編小説「そぼろが戻ってきた」を

ご愛読頂き

誠にありがとうございました

 

ご愛読下さった皆様の

大切なお時間を

作品を通して共有させて頂いたこと

本当に嬉しく

深く感謝しております

 

 

 

 

 

皆様への

感謝の意味を込めて

 

明日は

あとがきを掲載致します

 

読んでやってもいいかな

と思ったなら

読んでやって下さい