17:アレス〜爪のない女〜 第17章【長編小説】 | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

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作家の林瀬那です。

私が
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「 アレス ~爪のない女 ~」 

   ◇◇ 第17章 ◇◇ 

 

「アレス~爪のない女~」第16章の続き

 

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「たきさんと兄貴たち

道が混んでるらしくて少し遅れるそうです」
携帯電話を切って

岸田さんが私にそう言いながら、

ベンチに座った。

私達2人は、日比谷公園の噴水の前にいた。



ベンチに座ったまま晴れた空を見上げ、
「みんな忙しいのに呼びだしちゃって
悪かったかなぁ」
と私は独り言のように呟いた。

それぞれの仕事や日々の生活が忙しそうな

みんなを呼び出してしまい、
私は少し申し訳ない気持ちになっていた。


「いや、大丈夫でしょ。

たきさんすごく喜んでたし。
兄貴も楓さんも嬉しかったはずだよ」
相変わらず岸田さんは優しく
私をさとしてくれた。

「そうだといいんだけど」
私は晴れた空を見上げながらそう答えた。

 

日比谷公園にある洋食屋さんは、
私の両親が初めて東京でデートした

思い出の場所で、
その話しをみんなにしたら
「今度みんなでご飯を食べましょう」
ということになり昼間からみんなで
ランチをすることになった。


忙しい仕事の合間、岸田さんは

わざわざ休みをとってくれていた。
みんなは渋滞に巻き込まれ

かなり遅れる様子だったので、
私達はしばらくベンチに座って話しをした。

桜が咲いたら、
どこにお花見に行くか話したり、
とにかく珍しく時間があるので、
ゆっくりといろんな話しをした。



事件も女が逮捕され、
少し前進していたが
主犯格の男は行方をくらましたままで、
指名手配になっているものの
警察の必死の捜査も虚しく

見つからないままだった。



私が今日この後に逢うみんなは、
私の大好きな人達で
今の私は何も憂うことがなかった。

事件が解決したら、

迷惑をかけたくない為
しばらく連絡を取っていなかった友達にも
連絡を取りたかった。

見上げた空は真っ青な明るい青空で、
まるで私の心の中のように澄み渡っていた。


暖かな日差しが気持ちよくて、
それだけで幸せだった。



「今年はいつもにも増して

寒い冬でしたけど、
今日は珍しく春みたいに暖かいですね」
岸田さんが空を見上げて優しく言った。

「本当に暖かくて気持ちいい」
私も空を見上げならが伸びをした。

「はい。本当にいい天気です。
なんか喉渇きません?

僕、飲み物買ってきますよ」
岸田さんが上着を脱ぎながら、
そう言った。

「え、いいですよ」
「どうもみんな

けっこう遅くなるみたいだし、

せっかく2人でゆっくり話せるし」

「うーん、じゃあ、お願いしちゃおうかな」
「うん、何にします?」

このやり取り自体が懐かしいなと思いつつ、

私は笑顔で
「私、いつもので」
と答えた。

「ホットミルクティーですか?

こんなに暖かい日に?」
「はい。なんだかハマっちゃって」

「そう言いながらも、僕もですけどね」
私達は目を合わせて笑った。
その会話だけで、私の心は解きほぐれた。

「僕、ちょっと行ってきます。

泉さんはここに居て下さい」
岸田さんは、満遍の笑みだったので、
「はい。ありがとうございます」
と言いながら、私もつい笑顔になった。





天気が良くて気持ちよく

私は、

まろやかな幸福感に包まれていた。

噴水の周りには

小さな子供の親子連れや、

サラリーマン風のスーツの人や、
外国からの観光客の人、

いろんな人が穏やかな午後を過ごしていた。





私が、ぼんやり噴水を見ていると
「お前のせいで!」
と大声で怒鳴る男性の声が聞こえた。


到底この風景には似つかない言葉で、
とっさに声のする方を見ると、

いつから居たのか
斜め前にすごい形相の

眼鏡をかけた小柄な男が立っていた。


男の視線の先は、間違いなく私だった。


「ずっと探してたんだぞ。あの絵を。

何年も何年も。どうしてくれるんだ。

もう、お前なんて用がない。

お前みたいな奴」
男は、そうぶつぶつ言いながら

すごい顔で私を睨んできた。


初めて会ったその人は、

話の内容からも
指名手配されている犯人像そのものだった。



私はすぐに犯人だと分かったが

その男の手には

出刃包丁が握りしめられていた為、

何も言い返せず

そのまま身動きがとれなくなった。



男の目は、完全に常軌をいっしていて、

本気なのが分かった。

 


「わーー!」
と何かを大声で叫びながら、

男はものすごい勢いで

私に出刃包丁で

刺しかかってきた。


私はとっさに立ち上がり、

後退りをしたが

逃げることもできず
恐怖で足がすくんでしまい、

身動きが出来なかった。



全てがスローモーションに見えた。

 



男は、

出刃包丁を両手で握りしめ

私を刺しに来た。


「もうダメだ!」

そう諦めた瞬間、


大きな何かが私に覆い被さった。

 



私は、

何が起こったのか分からなかった。



目の前に

黒い影が出てきて、

誰かに強く抱きしめられた。



「大丈夫ですか?」
岸田さんだった。


岸田さんが

私に覆い被さるようにして

守ってくれていた。


「はい!私は、大丈夫です」
と私はとっさに答えた。


「なら、よかった、、、」
岸田さんは、

絞り出すような声で

そう言って優しく笑った。



笑ったと同時に、

岸田さんは

その場に崩れ落ちた。





周りで女性の悲鳴がした。


うつ伏せに倒れこんだ岸田さんの背中を、

犯人が何度も刺した。

そして最後に深く刺した包丁が

そのまま刺さっていた。


血の匂いがした。


深く刺した包丁が

岸田さんの背中に

そのまま刺さったままだった。


途方にくれた私は

目の前で何が起きたのか

理解できなかった。


岸田さんのスーツに、赤い血が滲んだ。

 

圭子お母様と静ちゃんが選んだと

あの日楽しそうに言っていたスーツに

どんどん、血が滲んだ。

どんどん、どんどん。

次から次に、

その血は溢れるように出てきて。

辺り一面が血の海になった。


さっきまで男が持っていた包丁が

岸田さんの背中に刺さったままで、
そこから溢れるように

血が止めどなく出てきていた。


私は

どうすることもできず、

ただ座ったまま茫然とするしかなかった。



刺した男は

何人かの男性に押さえ込められて、

何かを大声でわめいて叫んでいた。



押え込んでいる男性を

よく見ると高瀬さんと滝本さんだった。


岸田さんの顔が白くなり、

さっきまで大きく息をしていた彼の息が、
小さく虫の息になっていくのが分かった。



「救急車!呼んだから!」
近くにいた男性の声がした。


「泉ちゃん!怪我はない?」
声のする方を見ると、

いつの間にか現れた楓さんが

私の背中をさすってくれていた。


「ごめん、泉ちゃん、

1人になんてしてごめんね」
と楓さんは泣きながら

私の側にいてくれていた。




「おい!岸田!しっかりしろ!」
滝本さんが、

岸田さんに向かって大声で話しかけていた。

 


「犯人はお前の兄貴が捕まえて、

俺たちが逮捕したぞ!」

「どけ!どけ!直人!!」
高瀬さんが、

人をかきわけて岸田さんの側に来た。




程なくして、救急車が来た。

私はそのまま一緒に救急車に乗せられた。
救急隊員の方から

私も血まみれなので、

怪我はないかと何度も聞かれた。
私は子供のように

ただ黙って頷くしか出来なかった。




救急車の中で、岸田さんが手を出した。

呆然としていた私は

高瀬さんに背中を押され、

岸田さんのそばに寄った。



「岸田さん、ごめんなさい、私のせいで。

もうすぐ病院です。がんばって下さい」
私は泣きながら

岸田さんの手を握りしめた。



「泉さん。僕はあなたを」
「はい」

「愛しはじめてた」
握った岸田さんの手は、

弱々しく力がなかった。

「岸田さん!」
「それを言い出せなかった、、、」

「私も!私もです!」
岸田さんの脈が急激に少なくなった。



「岸田さん!しっかりして下さい!
桜!見に行くんでしょ?

春になったら、お花見行くんでしょ?」


岸田さんは

全く反応しなくなり、

脈がどんどん不規則になってきた。


「しっかりして!

私のこと、置いていかないで下さい」
「直人!起きろ!直人!」

「せっかく、せっかく、、、

岸田さん!岸田さん!」
私はパニックになりながら、
何度も何度もありったけの声で

彼の名前を呼んだ。



救急車の中で、

岸田さんの心肺は停止した。



悪い夢なら覚めてほしかった。

 

 



救急隊員が

何度も何度も諦めずに

手当てをしてくれていた。
それなのに、心電図は動かなかった。

病院に着いて

しばらく待ったが、

岸田さんは、そのまま亡くなった。





「そんなはずないです!

岸田さんが死ぬわけないんです!」
私は病院の先生に詰め寄り、

高瀬さんになだめられた。



私はこのドラマの結末だけ、

忘れずに覚えていた。



最後に男性が、

主人公にプロポーズをするのだ。


そして、

サスペンスドラマのエンディングは

結婚式で。
楓さんは着物で参列していて、

滝本さんはきれいな奥様と

ご夫婦で参列して、
今思えば

ルビーさんも素敵なドレスで

彼氏と来てくれていて。

結婚式のフラワーシャワーで、

画面が写真のように止まって
新郎新婦の

幸せそうな笑顔の静止画で終わるんだ。


 

そんなはず、そんなはずはなかった。



「わかったわかったから、落ち着け。

お前が嘘ついてるだなんて思ってないぞ」
「でも、どうして?」

「ただ、

今まではそうだったのかもしれないけれど

それが全てなんじゃない。
今、目の前にあるのがお前の現実だ。

いいか?辛くてもこれが現実なんだ。
目を背けたければそむけろ。

今のお前には、こくすぎる。
事件は解決した。犯人は捕まった。

もう誰も死んだりしない」

「本当に?」

「ああ本当だ。

もう誰も殺されたりなんてしない。

お前は生きるんだ」
「私には、何もなくなった。

こんな人生、生きてても意味がない」

「バカ言うな。お前は生きるんだ」
「どうして?なんでなの?

私には何もなくなった。
高瀬さん、岸田さんは

私のせいで死んじゃったの?」
私はすがるように高瀬さんに聞いた。

「悪いのは犯人だ。

そしてそれが直人の運命だったんだ。

お前のせいじゃない」
「ねぇ、なんで?なんで?」


「それを言うなら俺たちだ。
お前らを2人っきりにしようって、

公園に着いてたのにわざと遅れてたんだ。

すまない」

私は薄く笑った。
「ううん。だからみんなあの時、

すぐに現れたんだね。
助けてくれて、ありがとう」





それからのことは、

思い出そうとしても思い出せなくて。


高瀬さんがくれた缶コーヒーが、

苦くて苦くて飲めなかったことぐらいしか

思い出せない。
それ以来、

私は珈琲が飲めなくなってしまった。

 



甘いミルクティーが飲みたかった。
自動販売機の安物の

冷めかけたミルクティーでよかった。

 

 

 

 

 

 

「アレス~爪のない女~」第18章へ続く