16:アレス〜爪のない女〜 第16章【長編小説】 | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

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「 アレス ~爪のない女 ~」 

   ◇◇ 第16章 ◇◇ 

 

「アレス~爪のない女~」第15章の続き

 

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「高瀬さん、
いろいろ考えたんですけど」
私はおもむろに話しを切り出した。
「うん、何?」

「やっぱりアレスの油絵を手放すの

やめようと思うんです」
私は意を決したように、高瀬さんに告げた。

「は?何言ってるの?」
高瀬さんは想像していた通りの返事をした。

 



「やっぱりあの絵

人目にさらすのではなく、
私1人だけが大切にした方が

私の両親にしても、

しょうちゃんお姉さんにしても

喜ぶと思うんです」

 


「いや、今更なにを言い出すんだよ!」
「本当にすみません。

でも私ものすごく悩んだんです。

後悔のないように考えたんです。

その結果、やめるなら今しかないと」

「いやいや、お前も知ってるだろ?

もうすでに、

ものすごい数の人とお金が動いてるんだぞ」
高瀬さんは困惑した表情で腕組みをした。

「もちろん話が進んでしまっているのは

分かってます」
「いや、わかってない。
今もう確定のまま進んでるんだ、

あの絵だって安全な場所に

わざわざ保管してもらってるんだし」

「でも、私、、、」
「もう少し慎重に考えた方がいい。
今もう弁護士さんを通して
大勢の人が

あの貴重なアレス『エピソードゼロ』を

日本の国に寄贈する為にやってるんだから
今更それはないって、さすがに厳しいよ」

「はい、そうなんですけど

考えたあげくの結果で、無理なんです。

本当にすみません」
私は顔の前で手を合わせ、

かわいくウインクをしながら

高瀬さんにお願いした。

「お前なー、いいかげんにしろよ」
高瀬さんは呆れた顔でこちらを見た。


しばらくの時間

同じような話しを繰り返したが、

しつこく私は頼み込み

一切引き下がらなかった。


最終的には高瀬さんが折れるしかなく、

どうにか受け入れてくれた。




私から直接

弁護士さんに話した方がいいですか?」
「イヤ、一旦は俺から話しするからいいよ。

少し時間かかるだろうし、

すぐには動かせないからな。
だいたい関わっている人数が多すぎるから、

確認してもらうのに時間もかかるぞ」

「アレスの絵は、やっぱり元の場所に、

あのお店に戻した方がいい気がするんです」
「店って?」
「歌舞伎町のあのロックバーです」

「は?」
「まさか100億円の油絵が、

歌舞伎町の雑居ビルの中にあるだなんて、
誰も想像しないですよ」

「お前なに言い出すの?バカなのか?

とにかく1回考え直せ」
「考えました!沢山考えた結果です」
そう答える私を見ながら

高瀬さんは溜め息まじりに腕組みをし、

そっぽを向いた。

「私、話しが進むにつれて

ずっと心の中に違和感があって」
「いや、それはさすがにないだろう」

「探偵は依頼人を

信じるんじゃなかったんですか?」
「いや信じてるよ。信じてるけどもさ。

そういう問題じゃないだろ、もはや」

「あのお店に戻したいんです」
「まあ、げんにあそこにあったんだしな。

いやそれにしてもどう考えたって危険だ」

「でも」
「いいか?100億だぞ!
しかもお前が手放さないとなると、

余計に価値が上がるかもしれない。

鑑定士の先生方も言ってだだろうが」

「まあ、そうみたいですけど」
「お前の両親もそれで殺されたんだぞ」
「はい」
「よく考えろ、バカ!」

「元々は、

あのお店に何十年もあったんですよ」
「そうだけど」

「元に戻すだけです」
「今更は無理だろ。

ルビーさんだって、怖がるよ。

そもそもなんて説明するんだよ」

「ルビーさん、

お店にはホームセキュリティに入ってるから

大丈夫だって。
あと、更に私からも最新のセキュリティで

強化しようと思ってて」
「お前、まさか!

ルビーさんにこの話ししたのか?」

「一応。了承はもらってます」
「はー、全くもう、、、」

高瀬さんが分かりやすく頭を抱えた。

「あのお店のことを知ってるのは、

警察以外、数名だけです」
「うん、それはそうだけど」

私は思いの丈を高瀬さんに告げた。
高瀬さんはどうにかして

私を止めようとしたけれど、

私の決意はとても固かった。





その後、

絵画寄贈を断ってから

話しはスムーズに進み、
私はアレスの1枚目の絵画

『エピソードゼロ』を

半ば無理やり返却してもらった。

 

 

 

 

 


数週間後の早朝

私は高瀬さんと一緒に

歌舞伎町のルビーさんのお店に向かった。

ルビーさんのお店の目の前で車を止め、

アレスの絵画を

2人で店内に運び込むことにした。




その時、

黒いニット帽を被った

見知らぬ黒づくめの男女が、
外国人観光客から道を聞かれるのを

振りほどいて

 

私達の目の前に立ちはだかった。



と同時に高瀬さんが

その男女に向かって

「バーカ!本物なわけないだろ!
俺たちのこと欺こうなんて、100年早い!」
と言いながら、

運んでいた絵画を足で蹴り破った。

高瀬さんのその言葉を聞いて、

私もスカッとした。





何かがおかしいと
気付いたのは、

携帯電話の充電用バッテリーだった。


新井友香里に

充電用バッテリーを貸した後、

私はそれをしばらく普通に使っていた。


池山さんと打ち合わせ中に

たまたまそれを使っていた私を見て、
以前、

彼が会社内で密告された時に使用された

盗聴器によく似ていると、
気付いてくれたのがきっかけだった。



慎重に調べたが、

やはり私が貸した充電用バッテリーは

一見すると分からないながらも、

最新型の盗聴器に様変わりしていた。

 

充電用なので電池切れすることもなく、

私は気づかずご丁寧にそれを

毎日充電してしまっていた。


その後、私達は

盗聴されているのが分かりながらも、
見えない相手に気づかれないように

しゃべりながら紙に書いたり、
打刻音の鳴らない

携帯電話のスマートフォンに

文字を入力して意思疎通をはかっていた。





「待て!!」
と高瀬さんが言ったタイミングで、
男は高瀬さんを突き飛ばし

走って逃げて行った。


高瀬さんが男を追うので、

私は女を押さえ込んだ。


岸田家に居候していた間に、

みんなから教わった襲われた時の

対処法が功を奏し、
運動オンチな私にも

どうにか対応できそうだった。



女は大声で
「離せ!」
と叫んだ。


 

女は

新井友香里に扮して

事務所で働いていた女だっただが
私たちの知っているような

大人しい新井さんではなく、
眼鏡を外して髪も染め、

派手な色のネイルをして

全くの別人に見えた。



私は女の手を離さず、思い切り、

力の限りを出して押さえた。


女が派手なネイルの爪を立てて

私の腕を引っ掻いてきたので、

私も爪で引っ掻いた。


それでも尚、女は爪で引っ掻いてきて、

女のネイルが外れて落ちた。


体力的にこれ以上無理な私は、

近くにいた通行人に
「誰か!110に電話して下さい!」
と頼んだ。


私の必死の様を、

携帯電話のスマートフォンで

写真や動画を撮っている通行人がいたので
「そんなことする暇あるなら力かして!
あとで警察から、表彰されるから!早く!」
と大声で叫んだのを聞き、

周りに居た男性が数名

私と一緒に女を取り押さえてくれた。



女が、大声を上げた。


高瀬さんが、戻ってきた。


「ダメだ。すまん!車で逃げた。

こいつだけだな。絶対に離すなよ」
と息を切らしながら高瀬さんが、

女を押さえている男達に偉そうに言った。

「はい!」
状況を分かっていないながらも

知らない男達は素直に答えて、

女を更に強く押した。



「離せ!バカ!」
女は勢いよく叫んだ。

「なんで?どうして?あなたなの?

両親を殺したのあなた?」
私は聞いた。


すると女は
「憎くて仕方ない。あんたが!

何も知らないで

ぬくぬくと育ってきたあんたがね。
あんたと話しをするだけで、

むしずが走ってイライラした」
とあざけるような笑い顔で、

私を睨みつけながら言った。

「そんな、、ひどい、、、」
「ざまあみろ!

あんたの親が死んで、せいせいしたよ。
絵を探しても探しても見つからなくて。
私はあんたのせいで人生めちゃくちゃ!

だから仲良くなって裏切ってやろうって」

「どうして?」

「あんたさ、本当にバカなんだね。
覚えてないなら教えてやるよ、

あんたんちに出入りしてた画商、私の親父!
アレスのあの絵に入れ込んで

すごい額の借金して、美術品を横流ししたり

闇ルートの絵画転売に手をかけて、
家にはほとんど帰らなくて

結局、行方不明になった。

うちら家族を残して」

「あの画商さんの?でもあの人、

家にきてた頃に言ってたよ。
うちの娘が可愛くて仕方ないんですって。
その時だけ、すごく笑顔だった。

ものすごく笑ってた」

「だから何?」
「あなたのこと、きっと大好きだったよ

大切にしてたと思うよ」

「うるさい!きれいごというな!」
「きれいごとを言って、何が悪いの!」

「お前に何が分かるんだ!

分かったような、口きくなバカ!」
「あなたのことなんて分からないですよ!
あなたが私のこと分からないように、

分からないですよ」
私と女は言い合いになった。

「だから人間は生きるんじゃないですか?

分からないからこうして、
人を傷つけながらも

生きているんじゃないですか?
やるせない今日を。取り返せない過去を!」

私は叫ぶように彼女に思いの丈をぶつけた。
女が叫んだ。
「あーー黙れ!!」

「黙りません!両親を殺された私の気持ち、

あなたに分かりますか?

わからないでしょ?」
「うるさい!うるさい」

「心のどこかできれいごとを求めるから
人は絵画を楽しんだり、

人を愛したりするんじゃないんですか?」



その時、パトカーが到着した。

「もー、勝手な真似は困るんですよ、

捜査は警察に任せてくれないと」
と言われながら登場した警察に

手錠を掛けられ、

女はあっさりと逮捕された。



「もういいよ。行こう」
高瀬さんが私を促した。

言い足りない私は
「あなたがどんなに罪を償っても、

私の大切な人は生き返らない」
と泣きながら、手錠をした女に言った。

女は、

うつむいた顔をあげて私を睨みつけ、

吐き出すように
「ざまあみろ」
と笑いながら言った。



高瀬さんが私を彼女から

遠ざけようと間に入った。


私は高瀬さんを振り解いて、

彼女の前に立ちはだかった。


「それでも私は

この人生に絶望なんてしない。

光の差す方に私は進む」

女は私を睨みつけた。

 



私は怯むことなく続けた。
「あなたは

この後の人生どう生きるかよ」

「は?」
「見えないかもね。今のままじゃ。

今のままじゃ暗闇のまま終わっていく」

女は私から目を逸らした。
「あなたが、どう生きたいかよ」
「どうしていいのか、

私だってわかんないんだよ!」

「今この瞬間、自分で考えなさい!

あなたはこうして、

命があって生きてるんだから!」
こんな人に両親を殺されたかと思うと、
身体が震えるぐらい腹立たしく

私は泣き叫ぶように言った。

「生きてるんだからできるでしょ。

罪を償いなさい」





本物の新井友香里の遺体は、
犯人の女の供述のまま

山中湖近くの山中で見つかった。



女は、

男と競合して

私の両親と新井友香里を殺害し、

尚も

幻のアレス1枚目の絵画を探し続けていた。

 

ヨーロッパを本拠地とする

世界的な闇ルートを足がかりとして

富豪の愛好家達に売りさばく予定だったと。

 

事件のバックにあるのは

想像を遥かに越えた世界規模な問題で、

闇のルートはもちろんのこと

それを支えている主要な愛好家達は

次々と摘発されたが、

本質自体とても根深いものだった。

 

 

 


事件はひとまず終息したように見えたが、

主犯格の男は逃走したままで
私と高瀬さんは

警察のモンタージュ作成に協力したが、

連日の必死の捜査も虚しく

指名手配のままだった。
 

 

 

 

 

 

 

 

「アレス~爪のない女~」第17章へ続く