18:アレス〜爪のない女〜 第18章【長編小説】 | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

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「 アレス ~爪のない女 ~」 

   ◇◇ 第18章 ◇◇ 

 

「アレス~爪のない女~」第17章の続き

 

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「だから、

嫌だって言ってるじゃないですか」
「だから、

気にしなくていいって
さっきから言ってるんだよ」

「人の話しを全然聞かないんですね」
「もう、2人共、まあまあ」
と楓さんが私と高瀬さんの間に入り、
さっきからずっとなだめてくれていた。



「私の今の状況知ってますよね?」
私は呆れながら高瀬さんに言った。

「ああ」
「両親を殺され、最愛の人までも殺されて、

今はそんなこと

考えられるわけないんですよ」
私はまるで他人事のように

自分の話しをした。

「俺だって、最愛の弟を亡くしたんだぞ」
「それはそれはご愁傷様ですね。

それも何度も聞きました」
私はわざと嫌味っぽい言い方をした。

「だろ?」
「だろ?じゃなくて」
「まあまあ2人共」
と楓さんがなだめるのは、

これで10回目だった。



その時、
「相変わらず仲良いな」
と言いながら紙袋を持った滝本さんが

事務所に入ってきた。

「たきさん!」
「滝本さん!」
思わず私も高瀬さんも

滝本さんの名前を呼んだ。


楓さんもいい加減

私達を見かねた様子だったので、

滝本さんの登場は渡りに船だった。



「もー、どうにかして下さいこの人、

話しが全く噛み合わなくて」
私は滝本さんに助けを求めた。

その横で、
「聞いて下さいよ!

こいつ、本当に分からずやで」
と高瀬さんも同じように、

滝本さんに愚痴を言った。
その様子が私には、

本当に腹が立って仕方なかった。

「まあまあ」
と、先ほどと同じテンポで

楓さんが私たちを止めた。

「これお土産」
と滝本さんが紙袋を高瀬さんに渡すと、

横で楓さんが紙袋を覗き込んで喜んだ。

「わ!塩瀬の豆大福!

これ美味しいんですよね!」
この場の空気を変えるかのように、

楓さんはわざと明るく振る舞ってみえた。

どっかりとソファーに座った滝本さんは、

私と高瀬さんはそっちのけで
楓さんと2人のあうんの呼吸の会話で

今までの空気を変えるように話しを始めた。

「今、お茶お入れしますね」
「ありがとう」

「2人共、

せっかく滝本さんいらして下さったんだし、

美味しい和菓子

みんなで仲良く頂きましょう。ね?」

「はーい」
私は楓さんの優しさと滝本さんの気遣いを

ないがしろにしたくなかったので、
しぶしぶながら答えた。



「でも今日はどうしたんですか?」
高瀬さんが急に

仕事モードの探偵の顔に切り替え、

滝本さんの前に座った。

「いや、犯人が無事に起訴されたから、

報告にね」
「わざわざありがとうございます」
「細かいことが気になる性分なので、

直接伝えたくてさ。

みんな一緒でちょうどよかった」



楓さんが緑茶を運んできてくれ、

お土産の豆大福をみんなで食べた。


緑茶を飲みながら、

滝本さんは、まるで先生のように
「泉さん。事件は解決しましたが、

いかがお過ごしでした?」
とゆっくり私に話しかけてくれた。


「私はすっかり元気です」
私は

2個目の豆大福に手を出しながら答えた。

滝本さんはうなずきながら、
「そうでしたか」
と優しく包み込んでくれた。

私は滝本さんに続けて答えた。
「人は不慮の事故で

急に亡くなることもありますし、
それに岸田さんは

誰かに憎まれて亡くなったのではなく、

愛のある人生だった。
そう思うようになってきたんです」

「そうでしたか」
「私の両親にしても2人自体が

人として憎まれていたわけではないし」

「はい、そうですね」
「ましてや、私の両親が誰かを傷つけたり

陥れたり憎んだり、

犯罪を犯した側ではないですし。
犯人も捕まったんだし」

泣くのを我慢していたのに、

私は話しながら涙を止められなかった。

「はい」
「私、なんにも悪いことしてないんだから」

私は無理に豆大福を頬張りながら、

そのまま話し続けた。
そばで楓さんが、

そっとテッシュを出してくれた。

「はい、そうですね」
滝本さんはいつものように

ただ静かに頷いてくれていた。

「私はこれからの人生を

正々堂々と生きていこうって、

素直にそう思ってるんです」


話しているうちに

どうしても涙が出てしまい、
泣きたいわけではないのに

涙を止められなかった。


「でもまだ、こうして話してると

つい泣いちゃうんです。

弱いですね、私」

「そんなことないですよ。

人は弱い生き物です。たくさん泣きましょう。

泣いていいんです」

「そうよそうよ。

素直に泣いてくれて、私も逆に安心だわよ」
と涙で目を潤ませた楓さんが、

お茶を入れてくれた。


「いや、てかお前さ、大福食い過ぎでしょ。

それ多分、たきさんの分ですよね?」
と高瀬さんが急に口を挟んできた。

「え、やだ私、

てっきりひとり3個ずつだと思ってた」
「そんなわけないだろ。

どういう思考回路してるんだよ」

「いいんだいいんだよ。

多めに買ってきたんだから、

泉さんが食べれるなら、僕も嬉しいよ」
「ほら、お前たきさんに気を遣わすなよ」

「だって、この豆大福美味しいから」
と言いながら、

私は恥ずかしくて仕方なかった。




滝本さんは楽しそうに微笑みながら
「そういえば、アレスの絵画、

手放したんですね?」
と話しを続けた。

「はい、そうしました」
私は元気よく答えた。

「ニュースで見ましたよ、うちの家内も

飾られたら美術館行こうって張り切ってて」
「本当ですか?」

「ええ!『エピソードゼロ』

すごい話題になってますね。
でも、泉さんのことや事件のことは

一切ニュースに出ていない。
敏腕弁護士をたてて、根回しバッチリで、

さすが高瀬探偵事務所、やりますね」
と滝本さんは

高瀬さんと楓さんを褒めた。
褒められた2人は

まんざらでもない表情をしていた。




100億のアレスの絵は、

無事に寄贈することになった。


最初はみんな驚いていたけれど、

深く理解を示してくれ
いい状態で移行できるように

何度も話し合いを重ね、


私の理想通りの流れで、

上野の帝国美術館に

常設の展示会場も新たに建設され、
所蔵されることになった。


日本にある唯一のアレスシリーズ

『幻のエピソードゼロ』と称され、
今やテレビやマスコミ

インターネットやSNS、

世界中その話題でもちきりだった。





「そうだ!お花見、いつにしましょうか?」
高瀬さんが楽しそうに滝本さんに言った。
「たきさん、絶対に来てくださいよ」

「ああ、もちろん!
まだしばらく咲きそうにはないけど、

今年の桜は、楽しみだな」
遠くを見るように、滝本さんが呟いた。

「はい」
私は窓の外から見える、

遠くの景色を眺めながら答えた。





 

 

 

 

「アレス~爪のない女~」第19章へ続く