「聖体の論議」とは
雲の上は、天上世界。
中央に父(神)・子(イエス・キリスト)・聖霊(白いハト)の三位一体。
イエスの左右には、聖母マリアと洗礼者ヨハネ。
左から、天国の鍵を持つペテロ、腰を布で覆うアダム、
ヨハネの福音書を書いたヨハネ、ダヴィデ、その隣2人は推定に諸説あり。
右から、書物と剣を持つパウロ、ナイフを持つアブラハム、石版を持つのはモーセ。
その他3人は推定に諸説あり。
父・子・聖霊の三位一体に連なる、地上世界にあるのは、祭壇にある聖体顕示台。
「聖体顕示台」とは、聖体を入れる容器で、
「聖体」とは、「聖別されたパン」を指します。
「聖別されたパン」を「イエス・キリストの体」と信じて、カトリック教会などのミサや儀式で信徒らが食するのです。
ただのパンから、「聖別されたパン」に変化させるための祈りや儀式に関することでしょうか?中央の聖体顕示台をめぐって、地上では神学者や教皇、人々が考えを巡らせているようにみえます。
ゆえに一般的に「聖体の論議」と呼ばれるわけです。
「聖別されたパン」は、「最後の晩餐」からくるもの
パンがイエスの体というのは、マタイによる福音書の「最後の晩餐」でのイエスの言葉が元になっています。
マタイによる福音書26章26~28節
一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してそれを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これは私の体である。」
また、杯を取り、感謝を捧げて彼らに与え、言われた。
「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流される、私の契約の血である。」
「聖体の論議」を描く以前に、途中まで製作していた下の壁画は、三位一体の下の空洞部分に母子像が入っています。
この母子像では、この作品が「最後の晩餐」と繋がりがあるとは言えません。
聖体顕示台によって、その由来から「最後の晩餐」との繋がりがみえてくるのです。
ラファエロは、レオナルドの描く「ある女性の肖像画」とその肖像画の2枚目を見てから、彼の作品には、多重の意味を含ませる仕掛けがあると察知し、
レオナルドが過去に描いたものにも関心を持ち、
ボッティチェリやフィリッポ・リッピとの関連性をみつけていた。
参考記事
ミラノに直接行ったか、複製を見たかわかりませんが、「最後の晩餐」も仕掛けがあることに気づいていたと思います。
なぜなら、「聖体の論議」はレオナルドの「最後の晩餐」の仕掛けを解くヒントにもみえるからです。
第78回に続く