中谷巌先生の「資本主義はなぜ自壊したのか」を今読み終わりました。
この本の序章は「何か変だ」から始まります。
そしてその文の少し後に今のアメリカには文化の香りがないと、そのような文章が続くのです。
ふむ。何かわかる。
というか、私には今の日本もそんな感じがしてならない。
さて、だいぶ前の雑誌だったか何かに、ある方がご自分の悩みを投稿なさっていて、その悩みというのが、人間が皆ロボットに見えてしまう、というのである。
そしてその方は「私は少しおかしいのかもしれない」と書かれていたのですが、私は確かにあまり度が過ぎるとそれはいわゆる病気の範疇に入るのかもしれないが、しかし、その感覚というのは、決しておかしいとは思えなかったのを今でも覚えている。
さながら私だったらさらに「ロボットか、または、ケダモノ」と付け加えそうであります。
もちろん、主にある兄弟姉妹と語り合っているかぎり、そんな感覚にとらわれることは私にはないが、そのような仲間がいなかったら、私もまったく同じ感覚にとらわれて悩んでいたのかもしれない。
それどころかこの私自身が「俺はロボットかもしれない」と悩んでいたかもしれない。
さて、私はこの書を書かれた中谷先生も今の日本ならば、そのような感覚にとらわれることがあってもおかしくないと共感してくださるだろうと信じている。
では、どうして人間を人間たらしめている文化の香りが私達の中から消えてしまったのか?(あるいは消えようとしているのか?)
その原因の一つには一見するとまったく関係ないように見えるが、アメリカ主導の「グローバル資本主義」を日本が取り入れたことにある。とこの書は教えてくれる。
さて、それにしてもその改善策はあるのか、ないのか?
私はもちろんキリスト信者ですから、真のキリスト教しかこれらの日本を救済できるものはないと信じている次第です。
ただ、この書物の中では「キリスト教こそ」が現代の世界の行き詰まりの諸悪の根源のように書かれていますがね・・・・・・・。
読んでくださった方々、ありがとうございます。