久々の更新なのに英語ネタではないのですが・・・。
NHKテレビアラビア語講座の講師としてもご活躍の
師岡カリーマ・エルサムニーさんのお話を聞く機会がありました。
あまりに面白かったので、以下備忘録です。
言葉はもちろんのこと、文化にも全く馴染みのないワタクシ。
西洋文化と違って全く想像のつかない世界です。
この日はオーディエンスに留学生もいたので、英語でのお話。まずは、「皆さんが日常的に使っている英単語でアラビア語起源のものがたくさんあるんですよ」と。
わかります?
alcohol, coffee, sugar, rice, jar, magazine, chemistry, zero, alkali...
へえ~、ほんとお馴染みの言葉ばかりね。
「アラブ人」とはもともと、あの土地に土着の人が遊牧民を指して言っていたそうです。
通常の、国があるからその国の人はOO人、という発想ではなく、アラビア語を話す人をアラブ人と言う、つまり「言語」が「民族」を定義するらしい。
現在はもちろんそれぞれの土地に方言がありますが、日本語における「標準語」のようなアラビア語はないとのこと。使う語彙だったり発音だったり、いろんな差があるのでときどきコミュニケーションが成り立たなかったりすることも。
といいつつ、長年エンターテイメントの中心地だったエジプト、次いでレバノンの言葉が一番通用しやすいらしい。
ここからが、通常の言語の概念とは全く違って驚きなのですが。
アラビア語では「文語」と「口語」が完全に分かれているそうです。日本語で文語って過去のものだけど、アラビア語の場合は昔も今も「書かれたもの」は全て文語、新聞や週刊誌のゴシップ記事までこのスタイルなんだとか。反対に、話し言葉は文語とは違う口語。普通のおしゃべりで文語を使ったらそれはジョークにしかならない、と。
しかし唯一の例外がラジオやテレビで、これは音声媒体にもかかわらず文語が使われています。ということは、ちゃんと教育を受けて文語を理解できないと、テレビ・ラジオ・新聞と、世の中で起こっていることを知るすべがない、ということ。うーん。
さらに驚きなのが、アラビア語は約1600年前から現在までスタイル(語彙とか文法とか)が全く変わっていないそうですよ。ということは、1600年前の古典を、現代語訳などナシでそのまま、当時の人たちと同じように楽しめるわけです。
ちょっと、うらやましくない?万葉集や源氏物語、ほとんどの日本人はそのままでは読めません(泣)。
彼らにとって言葉はとても大切なものであり、素晴らしい詩を作れる才能は尊敬の対象でした。
その昔たくさんの遊牧民がいた頃、年に一度、全遊牧民会議のような市が開かれ、そこでは物品や情報の交換だけでなく、詩もその対象だったとか。
また、部族同士で争うことがあれば、それぞれの部族から最も詩の上手い人を代表にして、詩の完成度で勝敗を決めたそう。
いやー、とっても知的な人たちなのね。
この詩というのがまた難しくて、一行の長さが全て同じでなければいけない、韻を踏んでいなければならない、など様々な制約があり。
ここでカリーマさんが、ある詩の一節を朗読なさいました。
美しい!
もちろん意味は一言もわからないけど、抑揚や韻がとっても音楽的。
音楽的なだけでなくビジュアル的でもあるとのこと。
例えば「馬を駆る」という内容のところを読むとギャロップのようなリズムになっていたり、「高いところから落ちる」という箇所では実際にイントネーションがストンと落ちる、などなど・・・。
例はうろ覚えですが、詩の中に音声&映像という映画のような世界が出来上がっているらしい。
続いてアラビアンナイト、千夜一夜物語の冒頭を聞きました。
詩じゃないのに、こちらもとても音楽的。全くわからないながらも、どうやらセンテンス2つか3つか4つずつ(いろんな場合があるみたいだった)韻を踏んでるっぽいところも多々。
聞き惚れちゃいました。
アラビア語の素晴らしさを心底嬉しそうに語るチャーミングなカリーマさんにすっかり影響を受け、千夜一夜物語を読んでみたくなりました。おすすめの翻訳を聞いたら、平凡社から出ている池田修さん翻訳のものがいい、とのこと。よくある英語からの翻訳ではなくアラビア語からだし、と。
早速アマゾン*こちら*
で探しましたら・・・シリーズ18巻くらいあるらしいですよ。あらら。1001夜、約3年分毎晩お話してあげた分だもんね、そりゃあ長いわ・・・。
ちなみにカリーマさんも何冊か本を出版されていますが、まずはエッセイ「恋するアラブ人」
を読んでみようと思います。
知的好奇心をとっても刺激された晩でした。
お誘い下さったHさま、ありがとうございました!
←いつもクリックありがとう♪
NHKテレビアラビア語講座の講師としてもご活躍の
師岡カリーマ・エルサムニーさんのお話を聞く機会がありました。
あまりに面白かったので、以下備忘録です。
言葉はもちろんのこと、文化にも全く馴染みのないワタクシ。
西洋文化と違って全く想像のつかない世界です。
この日はオーディエンスに留学生もいたので、英語でのお話。まずは、「皆さんが日常的に使っている英単語でアラビア語起源のものがたくさんあるんですよ」と。
わかります?
alcohol, coffee, sugar, rice, jar, magazine, chemistry, zero, alkali...
へえ~、ほんとお馴染みの言葉ばかりね。
「アラブ人」とはもともと、あの土地に土着の人が遊牧民を指して言っていたそうです。
通常の、国があるからその国の人はOO人、という発想ではなく、アラビア語を話す人をアラブ人と言う、つまり「言語」が「民族」を定義するらしい。
現在はもちろんそれぞれの土地に方言がありますが、日本語における「標準語」のようなアラビア語はないとのこと。使う語彙だったり発音だったり、いろんな差があるのでときどきコミュニケーションが成り立たなかったりすることも。
といいつつ、長年エンターテイメントの中心地だったエジプト、次いでレバノンの言葉が一番通用しやすいらしい。
ここからが、通常の言語の概念とは全く違って驚きなのですが。
アラビア語では「文語」と「口語」が完全に分かれているそうです。日本語で文語って過去のものだけど、アラビア語の場合は昔も今も「書かれたもの」は全て文語、新聞や週刊誌のゴシップ記事までこのスタイルなんだとか。反対に、話し言葉は文語とは違う口語。普通のおしゃべりで文語を使ったらそれはジョークにしかならない、と。
しかし唯一の例外がラジオやテレビで、これは音声媒体にもかかわらず文語が使われています。ということは、ちゃんと教育を受けて文語を理解できないと、テレビ・ラジオ・新聞と、世の中で起こっていることを知るすべがない、ということ。うーん。
さらに驚きなのが、アラビア語は約1600年前から現在までスタイル(語彙とか文法とか)が全く変わっていないそうですよ。ということは、1600年前の古典を、現代語訳などナシでそのまま、当時の人たちと同じように楽しめるわけです。
ちょっと、うらやましくない?万葉集や源氏物語、ほとんどの日本人はそのままでは読めません(泣)。
彼らにとって言葉はとても大切なものであり、素晴らしい詩を作れる才能は尊敬の対象でした。
その昔たくさんの遊牧民がいた頃、年に一度、全遊牧民会議のような市が開かれ、そこでは物品や情報の交換だけでなく、詩もその対象だったとか。
また、部族同士で争うことがあれば、それぞれの部族から最も詩の上手い人を代表にして、詩の完成度で勝敗を決めたそう。
いやー、とっても知的な人たちなのね。
この詩というのがまた難しくて、一行の長さが全て同じでなければいけない、韻を踏んでいなければならない、など様々な制約があり。
ここでカリーマさんが、ある詩の一節を朗読なさいました。
美しい!
もちろん意味は一言もわからないけど、抑揚や韻がとっても音楽的。
音楽的なだけでなくビジュアル的でもあるとのこと。
例えば「馬を駆る」という内容のところを読むとギャロップのようなリズムになっていたり、「高いところから落ちる」という箇所では実際にイントネーションがストンと落ちる、などなど・・・。
例はうろ覚えですが、詩の中に音声&映像という映画のような世界が出来上がっているらしい。
続いてアラビアンナイト、千夜一夜物語の冒頭を聞きました。
詩じゃないのに、こちらもとても音楽的。全くわからないながらも、どうやらセンテンス2つか3つか4つずつ(いろんな場合があるみたいだった)韻を踏んでるっぽいところも多々。
聞き惚れちゃいました。
アラビア語の素晴らしさを心底嬉しそうに語るチャーミングなカリーマさんにすっかり影響を受け、千夜一夜物語を読んでみたくなりました。おすすめの翻訳を聞いたら、平凡社から出ている池田修さん翻訳のものがいい、とのこと。よくある英語からの翻訳ではなくアラビア語からだし、と。
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ちなみにカリーマさんも何冊か本を出版されていますが、まずはエッセイ「恋するアラブ人」
知的好奇心をとっても刺激された晩でした。
お誘い下さったHさま、ありがとうございました!