一昨日、神崎さんのTOEIC Blitz Blogでご紹介いただいて以来、すごい数の方たちがこちらに来てくださってます。ありがとうございます。
(神崎さんのブログ、英語好きな方&TOEIC を目指してる方はもちろんご存じよね。まだの方はGO!)

さてさて。先日、生徒さんに could の使い方を説明していて、また昔話を思い出しました。

Could といえば can の過去形、使い方は could you please なんとか~?ってお願いの文しか知らなかった頃のワタクシ。

英国人学校にて、数学の時間。
数学担当は Mr Ebbage (エビッジと読む)、何かと冗談を言っては生徒を笑わせる楽しい先生でした。

ある日、学年一の秀才 Vickiちゃんが、自分のノートが終わったので新しいのを下さい、と先生に頼みました。

"Sir, could you give me a new book, please?"

エビッジ先生、ニカっと笑って、

"I could. " でも、すぐにくれようとはしません。

するとヴィッキーちゃんがこう言い直しました。

"WOULD you give me a new book, please?"

私、このときはじめて、へーなるほどねと思ったのですが、

could は文字通り「OOできる」(形は過去だけど)、でも、「したいと思えばできる」けど、「本当にする」かどうかはわからない。

will の過去形の would は、couldに比べてもっと「するよ」という意志が含まれているのね。(仮定法の使い方で「絶対」ではないにしても)

で、ヴィッキーちゃんの言い直したお願いに対して先生は、"Yes, of course!" と言って、ノートをふわっと投げました。

投げたよ・・・。わー・・・。

大和なでしこには、これまた驚きの瞬間でした。


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8月末に行なったピアニストさんのインタビューが公開されましたので、ご興味おありの方はこちらからどうぞ。ブログ形式のページで2回に分けて掲載されていますので、リンク先の下の記事から見てね。

レイフ・オヴェ・アンスネスさん、ノルウェー出身の38歳。私は電話でインタビューしたのでまだお会いしていませんが、この方もカッコイイらしいよ

お話しした印象は "organised & disciplined"。この言葉、ジーニアス英和大辞典だと organised(米式は-zedね)は「有能な、うまくやれる、きちょうめんな」だし、disciplined は「統制のとれた、規律正しい」になるのですが、英語人が思うorganisedとちょっと違うなあ。

(↑これじゃあどう違うのかわからないので、10/16追記:
オクスフォード英英で organised は "arranged in a systematic way 系統立って整えられている"とか、"able to plan one's activities efficiently 自分の行動について効率よく計画できる" とあります。だから、上記の「有能な、うまくやれる」はちょっと意訳というか拡大解釈っぽいし、「几帳面な」もズバリかと言うといまいちですな。)

この方、すごく賢くて、頭脳明晰で、自分がやりたいこと&やれること&やるべきことのバランスがわかっていて、それを把握しつつも挑戦している、というのが今回お話しした印象です。こういう cool, calm and collected な人がピアノ演奏という内的表現をどのようにするのか、興味ありますわ。

リサイタルは、10月27日(月)東京オペラシティコンサートホールにて。静岡、兵庫でもあるらしい。私の友人は「彼のピアノを聴いて人生変わった」とまで言ってましたよ。聴きにいこう

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外国語はしゃべってなんぼ。うまくなるためには、ムリヤリでもしゃべってみるのがお約束です。以前も少し書きましたが、私はイギリス人に囲まれた生活をしながらも、しゃべれなかった(というか、しゃべ「ら」なかった)時期がものすごく長かったので、メンタルブロックが理由で外国語がしゃべれないと思われる方には、へたな羞恥心や躊躇はとっぱらって下さい!と声を大にして言いたい。

どのくらい長かったかというと。最初の海外生活、15歳でスタートした英国人学校時代3年間のうち、最初の2年は必要なことしか口を開いてませんでしたよ。話しかけられればもちろんそれなりにお返事して会話は成りたってましたが、自分から話しかけることはほとんどなかったかと。そりゃ上手くなるわけないよね。

大人になってから知り合った人は誰も信じちゃくれませんが、子供の頃の私はあえてしゃべる欲求がなかったというか、黙っていることが苦痛ではなかったのですよ。その上、なまじ英語の読み書きは正しくできていたので間違った英語を使いたくないとか、イギリス人ばかりの中でヘンな発音でしゃべりたくない、と思っちゃってたらしいんですね。ハゲしいメンタルブロックです。自意識過剰も甚だしい。ま、10代ですから。

いまや日本語でも英語でもわーわーとしゃべる人になってしまったワタクシですが、いったいどこで変身したのだろう?どこでメンタルブロックが解けたのか?と時々考えます。

ひとつは、以前ここでも書いたとおり、友達が私のつたない英語を何度もほめてくれたことかもしれません。まあ半分以上はお世辞だったと思いますが、当時の私のようなタイプにはこれが一番効くかと。子供特有の正直さで「わーへんな発音~」とか言われちゃってたら、相当へこんでたでしょうね。そういう子がいなかったのはラッキーでした。ほめられることによって一気にメンタルブロックが解決することはありませんが、少しずつ自信につながっていったのは確か。

もうひとつは、あるとき自分で「こりゃまずい」と、本気で危機感を持ったことかな。妹は私と正反対の性格、口から生まれてきたような子。元々しゃべる欲求が旺盛で、まだ英語があまり使えない頃から「今日はこんなことを言って友達を笑わせてやろう」などと考える子でした。ま、そんなことを考えるってこと自体、私にはありえません。

最初の2年は一緒のレッスンで彼女の英語を聞いても驚くことはなく、同レベルと思っていたのですが、2年目が終わった夏、イギリスの語学学校に別々に行った後、「あれ?この人うまくなってない??」と。彼女は16歳以下のコース、私は別の場所の17歳以上つまり大人向けのコースに4週間ほど参加したのですが、妹が入ったところは下は小学生の小さい子もいたようで、メチャクチャでもとにかくしゃべるガイジン気質がいかんなく発揮されている環境と、彼女の性格が相乗効果を発揮したようでした。

というわけで、3年目に入った秋にしてやっと、「いや私、このペースではホントまずいだろう」とはっきり意識したわけです。そこから、なるべく自分からも話しかけるようにがんばりましたね。かなりハードル高かったですけど、慣れるもんです。暖かくなる頃には以前の羞恥心がうそのように、とは言わないけどだいぶマシになり、おしゃべり能力もやや向上してました。

今書いてて思いましたが、やっぱ自分の意識が変わらないことにはダメね。ぼんやりと思ってるだけじゃ、なにごとも起こらないよね。と、現在の自分に自戒をこめての本日の結論です。

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