平成31年(2019)3月16日に新たに開業した梅小路京都西駅の誕生で、
京都鉄道博物館への交通の便がより良くなりました。
そして、京都鉄道博物館は平成31年(2019)3月29日に開館3周年を迎えました。
但し、これは平成29年(2017)2月に行った時のもので、
現在の展示と異なっているかもしれません。
入館料1,200円を納めて入るとプロムナードがあり、C62蒸気機関車、
クハ86-1電車及び0系新幹線を先頭に3列に列車が並んでいます。
蒸気機関車の後ろにマロネフ59-1とスシ28-301が連結され、
離れてクハ103-1の通勤電車が停車しています。
C62-26は所和23年(1948)に製造されました。
当時最大の貨物用蒸気機関車D52形を、高速旅客用に改造したもので、
D52形に次ぐ出力を誇り、東海道・山陽の特急や急行を牽引しました。
その後、東海道線の電化に伴い、京都~博多間の特急「かもめ」や
寝台特急「あさかぜ」、急行「きりしま」「阿蘇」などを牽引するようになりましたが、
昭和41年(1966)に廃車となりました。
大阪交通博物館に展示されていましたが、平成26年(2014)に閉館され、
京都鉄道博物館へ移されました。
クハ103-1運転席
クハ103-1は開放されていて、運転席への立ち入りもできます。
クハ103-1は昭和39年(1964)に山手線用として製造され、昭和46年(1971)に
京浜東北線で運用された後に昭和51年(1976)に大阪環状線へと移されました。
平成19年(2007)に阪和線への転属となり、平成23年(2011)に廃車となりました。
クハ86-1にはモハ80-1が連結され、間をあけてナシ20-24、
その後ろにDD54-33ディーゼル機関車が配置されています。
画像はありませんが、ナシ20-24は現在も食堂車として営業されています。
国鉄クハ80系電車は昭和25年(1950)に誕生した
「湘南電車」と呼ばれる車両の初代にあたります。
それまでの国鉄は100kmを超える長距離輸送は、電気機関車牽引の客車列車が担い、
電車は大都市圏の短距離輸送に重点を置く補助的な存在でした。
当時、東海道線は沼津まで電化が完成しており、東京~沼津の126km区間での
高速・高頻度運行を可能とする長編成電車列車の運行を目的として開発・設計されました。
クハ86-1及びモハ80-1は昭和25年(1950)に製造されました。
80系はその後改良が加えられ、クハ86は3枚窓から傾斜の付いた
2枚窓に変更されて恰好良くなりました。
クハ86-1に連結されているモハ80-1の説明書
DD54は昭和41年(1966)から40両が製造され、昭和53年(1978)に営業運転が終了されました。
西ドイツのメーカーからのライセンス供与を受けて製作された1,820馬力級
ディーゼルエンジンとそれに対応した変速機を搭載し、三菱重工業で製造されました。
しかし、トラブルが頻発し、いずれの車両も法定耐用年数(18年)を終えず
運用を離脱したため、失敗機関車として国会でも問題となりました。
0系新幹線は21-1、16-1、35-1、22-1と連結されています。
最後尾の22-1は開放され、運転席に乗車もでき、内部は展示室になっています。
順路は建物1階の「鉄道のあゆみ」への展示室へと進み、その通路の脇に
重要文化財に指定されている230形蒸気機関車が展示されています。
「鉄道のあゆみ」のコーナーでは、世界初の蒸気機関車の模型などが展示されています。
また、開業当時の新橋駅のジオラマも展示されています。
EF52-1形電気機関車は、昭和3年(1928)から昭和6年(1931)にかけて
9両製造された直流用電気機関車です。
日本初の国産電気機関車でしたが、性能や信頼性に不備があり、
最終製造の2両は改造が加えられ、昭和7年(1932)にEF54形に改称されました。
EF52内部の模型も展示されています。
1800形蒸気機関車は、明治13年(1880)、東海道線京都~大津間の開業にともない、
その区間の急勾配に対応するため明治14年(1881)にイギリスから輸入されました。
8両が輸入され、5両は京都~大津間、3両は長浜~敦賀・大垣間で使用されました。
明治26年(1893)には改番され、39~42、44、46、48、50と符番されました。
EF52の後方には100系新幹線が展示されています。
初代0系新幹線の老朽化に伴い、昭和60年(1985)から製造され、
平成24年(2012)3月16日で現役を引退しました。
100系新幹線の左側には「昭和乃駅」が再現され、キハ81-3くろしお号が停車しています。
キハ81は、昭和35年(1960)に製造された、日本初のディーゼル特急車両です。
最初に上野~青森間に投入された列車名にちなみ「はつかり形」とも呼ばれましたが、
「犬顔」や「ブルドッグ」などの俗称も持っています。
前部のボンネット内には、電源用エンジン1基が搭載されています。
前照灯の両側にあるのは緊急停車時用の標識灯で、赤色が交互点滅します。
昭和53年(1978)10月の紀勢本線・新宮電化により現役を引退しました。
しかし、キハ81は1年間で製造が打ち切られ、翌昭和36年(1961)からは
キハ82形が製造されるようになりました。
くろしお号の左前にはディーゼルエンジンが展示されています。
背後に展示されているDD51-756の下へ潜ることができるようになっており、
機関車の下を見学することができます。
DD51の左側には「こだま形」の先頭部のみ切り取られ、運転席に座ることができます。
昭和33年(1958)、国鉄初の特急電車としてモハ20形が製造され、
東京~大阪間を6時間30分で結びました。
それまでの特急つばめ・はとの7時間30分から1時間も短縮され、
東京~大阪間で日帰りが可能になったことで「ビジネス特急」とも呼ばれました。
昭和34年(1959)6月の車両形式称号規程改正にともない、モハ151形に改称されました。
京都鉄道博物館-その2(「車両の仕組み」コーナー)に続く



































