
神峯山寺の第二駐車場から10分ほどバイクで登って行った所に本山寺の駐車場があり、
そこから坂道を約20分歩いた標高約520mの所に本山寺があります。
駐車場を出た所には「八丁」の丁石が立ち、地蔵尊が祀られています。
本山寺もまた江戸時代には商売繁盛を願う大阪商人からの信仰を集め、
西国街道や淀川三十石船の河港であった前島浜から本山寺へと導く道標が
今も参詣路に残されています。
西国街道沿いの別所新町には「本山寺近道『是ヨリ六十丁』」と刻字された
丁石が建っています。
現在の府道79号線(伏見楊谷高槻線)をたどったようで、川久保には二十丁の
丁石も残され、現在のように神峯山寺を通らずに直接本山寺へ
向かう古道があったようです。
参道を登って行くと左側に地蔵尊が祀られています。
その少し下方に「行者衣掛けの松」が祀られています。
文武天皇元年(697)に役小角(えん の おづの=役行者)がこの地を訪れ、
松の木に衣を掛けて休憩された場所とされています。
古くから葛城山や大峯山を遥拝する場所で、ここから上の坂は「あづき坂」と呼ばれ、
良恵上人終生念仏の旧跡です。
地蔵尊から参道を登った先に「現櫓塚」の石碑が建っていますが、
「現」の文字は欠けてしまっています。
平安時代後期の大治元年(1126)の頃、摂津に橘輔元(たちばなのすけもと)という
役人がおり、極めて裕福でしたが七度の火災で家財がすべて失われ、
輔元の父、子と三代にわたって癪(しゃく)の病にかかるという苦しみを受けました。
輔元親子は本山寺の毘沙門天に深く帰依して本山寺を再建し、良忍上人を師と仰いで
剃髪し、輔元は良恵、その子は忍恵と号しました。
現櫓塚は良恵が結んだ草庵の跡で、融通念仏を修したとされています。
忍恵は第十八世住職となりました。
更に参道を進んで行くと、参道の中央に「宝篋印塔」と記された石碑が建立されています。
二丁の丁石の先にも小さな祠があります。
ポンポン山への登山道から分かれた所に「勧請掛け」が神峯山寺と
同じ意味合いで建てられています。
「勧請掛け」の前には一丁の丁石が建っています。
「勧請掛け」をくぐって参道を進むと五重石塔が建っています。
参道の先で再びポンポン山への登山道と分かれる所がありますが、
その登山道には鳥居が建っています。
本山寺への参道は緩い下り坂となりますが、その先に三社権現社があります。
更に参道を進むと中の門がありますが、その先も参道が続き、
その先に建物が見えますがトイレでした。
現在の中の門は、本山寺が慶長7年(1603)に豊臣秀頼により再建された際に、
伏見城から移築されたと伝わります。
中の門をくぐった先に福塚大明神社があります。
覆屋内の宝篋印塔は大阪府の文化財に指定されています。
ようやく本山寺の建物(護摩堂)が見えてきました。
左側にトイレがあります。
参道から向きを変え、北への短い石段を上った右側に鐘楼があります。
この鐘を撞いても麓まで音が届かないように思われます。
正面には本堂への石段があります。
石段下のの右側に手水舎があります。
開成(かいじょう)皇子が本尊の毘沙門天に供える閼伽水を、
信州・諏訪明神に祈願したところ、本山寺の山頂近くより湧き出した
霊泉とされていますが、残念ながら断水中でした。
手水舎の右側に不動明王が祀られ、その左右には水掛地蔵尊と不動尊が祀られています。
水掛不動尊の右側に伝教大師・最澄の童姿の像が祀られています。
石段を上った所にある現在の本堂は、慶長8年(1603)に豊臣秀頼により再建されました。
本山寺は山号を北山、院号を霊雲院と号する天台宗の寺院で、
神峯山寺と同じように役行者によって開山され、開成皇子により創建されました。
本山寺はかって神峯山寺の奥之院で霊雲院であったとの説もありますが、
本山寺の縁起では別寺とされ、その関係は明確ではありません。
本山寺には室町幕府8代将軍・足利義政が愛用したという
葡萄日月硯(ぶどうにちげつすずり)などや、三好長慶や高山飛騨守・右近父子らが
出した寺領の安堵状などが保存されています。
また、戦国時代には、松永久秀がこの寺で立身出世を祈願し、
後に望みがかなったことから所領の良田を寄進し、
これを本山寺毘沙門天御供田と称したという記録が残されています。
しかし、天正10年(1582)の山崎の戦いでは、高山右近の兵火を罹り焼失しました。
その後、慶長8年(1603)に豊臣秀頼により再建され、宝永年間(1705年頃)に
5代将軍・徳川綱吉の生母・桂昌院により改修が加えられました。
本尊は平安時代作の毘沙門天立像で、国の重要文化財に指定されています。
また、木造聖観音立像も平安時代の作で、国の重要文化財に指定されています。
木造不動明王立像は高槻市の文化財に指定されています。
本堂前には摩尼車(まにぐるま)が設置されています。
車には『般若心教』が刻まれ、これを一回転すれば
一巻唱えたのと同じ功徳があるとされています。
本堂の東側に石段があります。
石段を上った所に開山堂があります。
本堂から下った西側に本坊の門があります。
門を入った入った左側に護摩堂があります。

























