京都鉄道博物館の2階にはH・Oゲージのジオラマが展示され、
時間を区切って運転されています。
キハユニ26とオユ11の1/20模型。
キハ20系は昭和32年(1957)から昭和41年(1966)まで、系列合計で1,126両が製造されました。
当時のディーゼルエンジンはまだ非力で、一般的な20m級客車と比較して車体断面が小さく、軽量設計台車の採用など乗り心地を犠牲にして軽量化が計られました。
キハユニ26は昭和33年(1958)に1~41、昭和43年(1968)に42~59が製造され、
客車と郵便荷物の積載部があります。
国鉄10系客車は昭和30年(1955)から昭和40年(1965)まで、
300両余りが製造された軽量構造の客車です。
オユ11-1~11は昭和32年(1957)に製造された区分室付郵便車で、
オユ10形に比べて区分室を拡大したため別形式とされました。
10系客車の内部でしょうか?
ワフ21000形貨車は、国鉄の前身である鉄道省により、
昭和8年(1933)から昭和14年(1939)にかけて775両が製造されました。
初の鋼製有蓋緩急車で、車体の大きさは15t積有蓋車と同じですが、
乗務員用設備が改善されたため、貨物室は2t積でした。
車掌室側には手ブレーキを設けた出入用デッキがあります。
カ1500形貨車は、国鉄の前身である鉄道省により、
昭和8年(1933)から昭和17年(1942)にかけて225両が製造された家畜車です。
カ1580は昭和10年(1935)から製造された後期車で、側板の面積が少なく、
初期車より側柱の本数が片側2本少なく、鋼材の筋交いが斜めに渡されています。
修学旅行専用のきぼう号と上は近鉄の二階建て車両。
「きぼう号」は昭和34年(1959)4月20日から、155系電車を使い運行が開始されました。
近鉄20100系電車は、主に小学生の修学旅行向けに設計・開発された車両で、
昭和37年(1962)2月から4月にかけて世界初のオール2階建てで製造され、
「あおぞら」号の愛称があります。
二階には運転シミュレータがありますが、体験するには整理券が必要で、抽選になります。
二階東側の中央から連絡デッキがあり、新設されたSL第2検修庫での
蒸気機関車の検査修繕作業を見学することができます。
D51-200の検査が行われています。
昭和13年(1938)9月30日、鉄道省浜松工場にて落成(製造番号は25に相当)し、
中京地区を中心に使用されました。
第二次大戦中に被災して修理が行われ、昭和47年(1972)10月に梅小路機関区に転属し、
動態保存されることになりました。
長らく「SLスチーム号」用として、梅小路蒸気機関車館の構内運転用に
使用されていましたが、本線復帰に向け全般検査が行われています。
本線運転用にATS-SW形の他に新型の保安装置ATS-P形がJR西日本のSLとして
初めて搭載されることになり、「SLやまぐち号」・「SL北びわこ号」の
牽引機関車として使用されることになりました。
C57-1は整備が終わったようで試運転されています。
昭和12年(1937)3月22日、川崎車輛にて落成し、水戸機関区に配属された後、
昭和14年(1939)11月に宇都宮機関区に転属されました。
第二次大戦中の昭和20年(1945)に宇都宮機関区が空襲され、機銃掃射を受け損傷しました。
戦後にかけて東北本線で使用され、千葉機関区に転属した後、昭和29年(1954)10月に
新津機関区に転属して羽越本線などで使用されました。
昭和36年(1961)2月9日に、羽越本線・村上~間島間にて急行「日本海」を牽引中、
土砂崩壊現場に突入し、脱線転覆大破しました。
破損した車体は5か月にも及ぶ修復を受けて現場復帰し、昭和47年(1972)3月14日に
定期列車牽引の運行を終了しました。
その後、お召し列車の牽引や数回の特別運転を経て、同年10月に
梅小路機関区に転属し、動態保存されることになりました。
昭和51年(1976)9月4日、東海道本線の京都駅~大阪駅間開業100周年を記念して、
記念臨時列車「京阪100年号」を牽引しました。
沿線は大変な騒ぎとなり、人身事故が発生するに至りましたが、SLの復活運転を
望む声が高まり、昭和54年(1979)から「SLやまぐち号」を牽引することになりました。
また、扇形車庫の全景を望むことができます。
SLスチーム号が停車しています。
連絡デッキから降りてくると8630形蒸気機関車とEF65電気機関車が停車していました。
「ハチロク」の愛称がある8620形は、国鉄の前身である鉄道院が製造した、
日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車です。
大正3年(1914)から昭和4年(1929)の間に672両が製造され、
11両目である8630は大正3年(1914)製で、弘前運転区で運用された後、
昭和47年(1972)9月14日から梅小路蒸気機関車で動態保存されています。
EF65は平坦線区向け国鉄直流電気機関車の標準形式として、
昭和54年(1979)までに国鉄電気機関車史上最多である308両が製造されました。
EF65-1001~1139は旅客列車・貨物列車に広汎に使用可能な汎用機として、
昭和44年(1969)から昭和54年(1979)にかけて8回に分け、合計139両が製造されました。
停車していたEF65-1132は昭和54年(1979)に製造されました。
現在「SLスチーム号」を牽引しているC62-2は、昭和23年(1948)に製造され、
昭和25年(1950)に糸崎機関区から宮原機関区へ転属され、特急つばめ号を牽引しました。
翌昭和26年(1951)に鷹取工場へ入場した際に、除煙板にステンレス製の
「つばめマーク」が取り付けられ、「スワローエンゼル」の愛称で呼ばれるようになりました。
昭和31年(1956)11月19日の東海道線全線電化に伴い、翌昭和32年(1957)2月に
北海道の小樽築港機関区へと転属となりました。
函館~小樽間の急行列車牽引などに運用された後、昭和47年(1972)10月10日に、
鉄道100年を記念して設立された梅小路蒸気機関車館に移され、
動態保存されるようになりました。
C61-2は昭和23年(1948)7月31日にD51-1109を改造して製造され、
同年9月に仙台機関区に配備されました。
昭和41年(1966)10月23日に青森機関区に転属された後、昭和46年(1971)10月に
奥羽本線が電化されたことに伴い、同年12月2日に宮崎機関区に転属し、
日豊本線で使用されました。
昭和47年(1972)9月13日に梅小路機関区に転属し、同年10月10日以降は
梅小路蒸気機関車館で動態保存されることになりました。
扇形車庫の右側に停車しているオハフ50-68は休憩所として使用されています。
空調に家庭用のエアコンが設置されていますが、数の多さに驚きます。
京都鉄道博物館-その4(蒸気機関車館)に続く
















