御神体山へ入るにはまず、社務所で白いたすきを借り、首から掛ける必要があります。
社務所の窓口には「ご利益めぐり」の地図が記されたパンフレットも置かれています。
拝殿前を東へ進むと鳥居が建っています。

注連縄が巻かれた石が参道脇に置かれています。

本殿の東側にある建物ですが詳細は不明です。

鳥居をくぐった先で参道が左右に分かれていますが、

右側の参道の先に崇神天皇社があります。
第10代・崇神天皇は、崇神天皇3年(BC95)に都を三輪山西麓の

瑞籬宮(みずかきのみや)に遷したのですが、同5年(BC93)に疫病が流行し、

人口の半ばが失われました。
宮中で祀られていた天照大神と倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)の

神威の強さが災いしているとして、宮中の外に遷しました。
更に同7年(BC91)には、大物主神が倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)に

乗り移って自分を祀るよう託宣しました。
そこで、大物主神を、大物主神の子とも子孫とも言われる大田田根子(おおたたねこ)を

神主と祀らせたのが、三輪山を御神体とする大神神社(おおみわじんじゃ)の始まりです。
また、市磯長尾市(いちしのながおち)は、倭大国魂神を祭る神主となり、

現在の大和神社(おおやまとじんじゃ)へ引き継がれるようになりました。
すると疫病は終息して五穀豊穣となりました。

 

崇神天皇10年(BC88)、天皇は四道将軍を派遣して全国を教化すると宣言しました。
北陸道、東海道、西道、丹波(山陰道)にそれぞれ将軍を遣わし、

従わないものを討伐させることになりました。
丹波(山陰道)には丹波道主命(たんばのみちぬしのみこと)が将軍に就き、

丹波を平定しました。
社伝では出雲大神宮は丹波平定の際に、崇神天皇により再興されたとしています。

左側の参道まで戻り、本殿を横に見ながら進みます。

その先にも鳥居が建っています。

鳥居をくぐった正面は春日社ですが、社殿は無く、磐座を御神体としています。
建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)と

天児屋命(あめのこやねのみこと)を祭神としています。
建御雷之男神は天鳥船(あめのとりふね)で降臨し、十掬の剣(とつかのつるぎ)を

波の上に逆さに突き立てて、大国主命に国譲りの談判を行ったとされています。
出雲大神宮では天変地異に優れた神として、

雷や地震を制御する神として祀られています。

 

天児屋命は春日大明神、春日権現とも呼ばれ、天孫降臨の際、

邇邇芸命(ににぎのみこと)に随伴し、中臣連(なかとみのむらじ)の祖となったとされています。
天照大御神の岩戸隠れの際は、岩戸の前で祝詞を唱え、

天照大御神が岩戸を少し開いたときに布刀玉命(ふとだまのみこと)とともに

鏡を差し出したとされています。

春日社から西へ進むと本殿の裏側になります。

本殿の裏側には磐座(いわくら)があります。
飛鳥時代末期に社殿が創建されるまでは、ここで祭祀が行われていたのでしょうか?

磐座の右上方に5世紀~6世紀初頭の古墳の横穴があります。
また、出雲大神宮の西に6世紀前半で丹波地方で最大規模の古墳である

千歳車塚古墳があり、出雲大神宮と何らかの関係があるそうです。
はるか昔から御蔭山は神奈備として崇められてきたことが想像されます。

春日社から東へ進むと稲荷社があります。

稲荷社の左奥には「みかげの滝」があり、竜神乃神が祀られています。

稲荷社から山手へ登って行った所に上の社(かみのやしろ)があります。
文化10年(1813)に創建され、素戔嗚尊と

櫛稲田姫尊(くしなだひめのみこと)が祀られています。
素戔嗚尊は大国主命の先祖で、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して、

生贄にされそうになっていた櫛稲田姫尊を助け、妻としました。
八岐大蛇を退治した時に尾の部分から出てきたのが草薙剣(くさなぎのつるぎ)で、

歴代天皇が継承する三種の神器の一つとされています。

上の社から東へ進むと「神の磐座」への参道入口となり鳥居が建っています。
ここより先へ進むには、社務所で借りた白いたすきを掛けなければなりません。

「神の磐座」は国常立尊(くにのとこたちのみこと)が鎮まられた聖地であり、

ここより先は禁足地となっています。
国常立尊は、国土形成の根源神、国土の守護神として重要視され、崇敬されています。

「神の磐座」から下ってきた所に笑殿社があり、事代主命(ことしろぬしのみこと)と

少名毘古那命(すくなびこなのみこと)が祀られています。
事代主命は大国主命の御子神であり、国譲りの際は大国主命に国を譲るように

進言したとされています。
また、恵比寿大神の別称があり、漁業の神として信仰を集めています。

 

少名毘古那命は大国主命の国造りに際し、天乃羅摩船(アメノカガミノフネ=ガガイモの実

とされる)に乗り、波の彼方より来訪し、神産巣日神(かみむすびのかみ)の命によって

義兄弟の関係となり国造りに加わりました。
医薬・温泉・禁厭(まじない)・穀物・知識・酒造の神として信仰を集めています。

笑殿社から下ると蔵があります。

参集殿の前を通り、社務所へ戻り白いたすきを返却して北側の参道へ向かいました。

北側の鳥居の先に祖霊社、黒太夫社そして極楽寺があるのですが、

予定していた時間に遅れているため、次回とすることにしました。

 

丹波国分寺跡へ向かいます。
続く