中国語でドラマを見る-大秦帝国(第三部:崛起) #9 | あさひのブログ
「大秦帝国之崛起(全40話)」のあらすじ。
ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

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[第十七集]
嬴稷(エイ・ショク)が再度藺相如(リン・ショウジョ)と面会すると、リン相如は約束が果たされるか甚だ疑わしいので璧は一旦国へ持ち帰ったと言うので、ならばそれでよいと素直に引き下がる。そして趙国とは今後も仲よくしたいと言って趙王を会食に誘う。
璧を損なうことなく無事持ち帰ったリン相如はその功績を讃えられ上大夫に任じられ、秦との会食にも同行することになった。
秦と趙の懇親会は和やかに進む。と、エイ・ショクが趙王は琴を嗜むと聞いたのでぜひ弾いてほしいと頼む。趙王は快諾し一曲披露するが、直後に秦の書記官が「秦王はこの盟会にて趙王に琴を弾かせたことを史書(公式記録)に記す」と読み上げる。まるで秦の命令に趙は背けず従ったかのような表現だ。趙王は憮然とするが彼以上に腹を立てたリン相如はエイ・ショクの前に進み出て、「秦王は壺(※見た目が壺か甕に見えるためこう表記するが太鼓のような楽器と思われる)を叩くのがお得意と聞くので叩いてください」と壺を差し出す。エイ・ショクが断るとリン相如は壺を振り上げ、叩かなければ殴り殺すと凄い形相で迫る。至近距離でさすがにしゃれにならないと感じたエイ・ショクは箸で壺をひと打ち。リン相如は趙の書記官に「趙王は盟会で秦王に壺を叩かせた」と記録させた。

さて天下統一のために、エイ・ショクはいよいよ楚国を討つべき時だと思っていた。だが楚は母・宣太后の故郷。おそるおそる意向を伺いに行くと、宣太后はいずれこの時が来るのはわかっていた、と意外にも受け入れてくれた。早速白起を大将とし楚攻めを開始する。
白起は楚へやってくるも険しい山岳地域で従来の城攻めの器具が運び込めない。近くに大河が流れているので流れを引き込み水攻めにできないかと考え、蜀の治水工事を手掛けた李冰(リ・ヒョウ)を呼ぶ。李ヒョウはすぐに周囲の水脈を調査し、ある支流近くで山を爆破して流れを堰き止めれば城は水で溢れかえると答えた。
白起はあらかじめ城内の百姓たちに逃げる時間を与えるため、毎日城に向かって「これから水攻めのための堰を作るので逃げるか投降しろ」と叫ばせた。だが城民は河よりも高い場所にある城に水を引き込めるわけがないと信じない。結局この水攻めで城は沈み、大多数の楚人が死亡することとなった。

エイ・ショクの息子・嬴柱(エイ・チュウ)に息子が生まれた。宣太后はひ孫の誕生におおいに喜ぶが、その時白起が楚の城を落としたとの報せ。こちらの死者はごくわずかだが相手方に多数の死者が出たと聞いて心を痛める。今日生まれたひ孫にもわずかだが楚人の血が流れている…この子は子楚と名付けてほしいと言うのだった。
エイ・ショクは白起になるべく楚方にも死者が出ないよう計らえと連絡し、白起は今後投降する者は全て受け入れ秦民同様に扱うとの令を出した。
その後白起は国都・郢(エイ)を攻め落とし武安君に封じられた。楚王は東へと追いやられ陳邑へ都を遷す。
楚のとある川の畔には芈原(ビ・ゲン)の姿があった。とうとう故郷は秦に占領されてしまった…全ての希望を失った彼は川に身を投げた。

[第十八集]
斉は滅んだかに見えたが、王の遠い親戚である田単の元に集い燕の内乱を機に攻め込み十数の城を奪還、再び王を称した。

エイ・ショクは晴れて魏伶優を側室に迎えるが、婚姻初夜に実は彼女があの季君の乱(※第二集)の残党だと判明する。宣太后によって滅ぼされた嬴荘(エイ・ソウ)の血筋の生き残りだったのだ。彼女は親親族を殺された恨みを晴らすため王に近づき、だが殺すのではない、子を産んでその子が秦の王位に就けばそれが宣太后らへの最大の復讐となるのだ!
宣太后は魏伶優を処刑しようとするがエイ・ショクは反対する。彼女も結局の所エイ公族の一人なのだから仮にその子がエイ公国を継いでも何の問題もなかろう。だが宣太后はそういう問題ではないと言う…結局処分は保留され魏伶優は冷宮送りとなった。

今は秦に併合されている義渠(ギキョ)を治めている義渠駭(ギキョ・ガイ)がやってきた。遊牧民であるギキョ族は秦の命令で定住生活など中原の文化を押し付けられた。だがやはりなじめない者が多く未だまとまらない状況だという。ギキョ・ガイは遊牧民の性になじむような充分広い土地と自治権を与えてほしいと願い出る。宣太后は久しぶりに若い頃の恋人であるギキョ・ガイに会い、お互い老いたが安らかな老後を暮らそうと語り合う。
だがその足でギキョ・ガイは趙へと向かった。趙王にギキョ族と組んで秦を攻めようともちかける。ギキョ族は長年秦に見つからぬようひそかに兵馬を蓄えており、ついに機は熟したというのだ。ギキョ族が一気に秦都・咸陽(カンヨウ)を攻め、それと同時に趙が函谷関を攻めればよい、と。趙王は早速魏・韓にも連絡を入れ、三晋とギキョ族の合従で秦を討つ事に。
ギキョ・ガイは秦へ舞い戻り、道中で賊に襲われたと大怪我を装って宣太后の前に現れる。宣太后は心配して自分の宮殿で静養させる。エイ・ショクは母が自分には厳しいくせに恋人にはいつも甘いと不満にも感じるのだが、国事は国事としてギキョ・ガイにはギキョの自治権を認め「君」の称号を与えることにする。
万事予定通り…ギキョ・ガイはその「君」の称号の授与式を狙って事を起こすつもりだった。





[A] 嬴稷(エイ・ショク)
秦王。
[B] 宣太后
秦王太后。楚国の公族出身。楚にいた頃ギキョ・ガイと付き合っていた。
[C] 白起
秦大良造。
[D] 魏伶優
優伶。弟分の魏丑夫は宣太后の側仕え(※若いツバメ)をしている。
[E] 趙王(恵文王)
若き王。
[F] 藺相如(リン・ショウジョ)
趙王の側仕えの宦官の門客。
[G] 義渠駭(ギキョ・ガイ)
北の遊牧民族ギキョの元族長。今は秦の県となったギキョの県令に任命されている。

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こんなところで義渠駭出してきますか。使えるものは何でも使うなぁ。
ちなみに宣太后がいつまで経っても黒髪なのは、この時代でも毛染めがあったってこと?いつの世も女性は若く見られたいというのがあるのかな。

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