ざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。
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[第三十一集]
武安候・韓朋は恵文王・嬴駟(エイ・シ)の前に引き出される。韓朋は頑なに秦に復讐すると言い張る。エイ・シは憤るが従姉妹の嬴姜(エイ・キョウ)たっての頼みとあり、韓が秦と修好を結ぶ事を条件に彼を解放してやる。
韓に戻った韓朋は韓王に、斉や楚との関係を断って秦に従おうと進言する。反秦派だった韓朋の変心に韓王は驚くが、韓朋は秦への復讐を諦めたわけではなく、この戦乱の世で今の韓は耐えて生き残ることが肝要だと説き、韓王は秦と盟約を結ぶことに同意。その夜、韓朋は毒をあおって自殺した…。
魏冉(ギ・ゼン)と白起は、結婚して郷帰りしている同僚の馮高を迎えに行く。彼らは馮高が軍に戻ればおそらく妻に二度と会えなくなるであろう事を知っていた。馮高は函谷関の戦いで韓の太子を生け捕りにした男だった。だが捕まえて戻る途中で太子は崖から身を投げ自殺、そのため韓国は秦国が太子を殺したと信じて疑わない。韓は秦との修好の条件に、馮高の身柄を要求してきた。エイ・シは同盟のために大切な勇士を失うのは慚愧に耐えないと馮高に詫びるが、彼は進んで秦国のために韓へと向かうのだった…。
斉国が宋国と組んで韓・魏を攻める様相を見せる。エイ・シはまず東の韓魏から斉を追い払い、同時に南の楚へ出兵、韓魏を鎮圧後南へ合流させると指示。東の軍は嬴疾(エイ・シツ)、嬴華(エイ・カ)に任されたが、南の軍を率いる適材が見当たらない。張儀はある人物を推す。それは人質として秦に滞在している魏の公子、魏章だ。
前線へやって来た魏章将軍は楚の丹陽城を守る老将・屈丐(クツ・ガイ)将軍と対峙する。そして明日正々堂々と戦おうと挑戦状を叩きつけ、夜襲などせぬようにと言って帰る。
その夜、楚軍が秦軍営を夜襲する。だがもちろんそれは魏章の罠、楚軍は待ち構えていた秦軍に取り囲まれさらに別働隊が丹陽城に迫る。城門を開けることもできず屈ガイはただやられていく兵士らを見ていることしかできないのだった。
屈ガイ将軍の苦戦を聞いて楚王はすぐに援軍を出せと言うが、宰相・昭陽は秦とは停戦すべきだと進言する。楚王は怒り昭陽を追い返す。昭陽は弟子の芈原(ビ・ゲン)に職を辞して故郷へ帰ると告げる。そして実直で短気な彼に、これからは我が身一つで政敵と戦っていかねばならず、事は慎重によく考えて行動すべきだと教え諭すのだった。
[第三十二集]
張儀は知り合いの商人から燕の平太子が趙に亡命していると聞かされる。そこで趙に働きかけて平太子を助け燕王に即位させ、趙と同盟を組ませようと画策。そうすれば斉が動きを止めるだろう。はたして斉は韓魏から兵を引き上げた。嬴華(エイ・カ)将軍は魏章将軍を支援するため一足先に丹陽城へと向かう。
エイ華達が丹陽城前の軍営に着くと魏章は酒を飲んでくつろいでいる。怒ったエイ華は魏章につかみかかるが、兵符(指揮官の印)を盾に逆に捕えられ棒叩きにされた。
翌日、怒りを堪え魏章の元に参じたエイ華は、彼が飲み呆けていたわけではなく丹陽城を攻める準備を既に終えていたと知らされる。すぐに実行に移さなかったのは他でもないエイ華の到着を待っていたのだ。かつての敗戦の雪辱に燃えるエイ華に丹陽城を陥とす功を譲ってやるためだ。
魏章の策で丹陽城は火責めに遭い、秦軍の手に落ちた。だがすぐに楚の景翠将軍率いる援軍が近づいていた。景翠は兵を二手に分け、片方は丹陽城へ向かわせ残りを率いて秦の藍田へと進軍していた…。
秦の長公子・嬴蕩(エイ・トウ)はこの度のどこの戦にも参戦させてもらえないことを不満に思い父王に直訴する。嬴駟(エイ・シ)は君主たるものは、戦で人を殺す事ではなく自国を育て他国と交渉する術を身につけねばならないと言う。そしてエイ・シ自らが藍田へ行く間の都の留守を任されたのだった。
藍田へやってきたエイ・シは街頭に立ち民衆に向かって激を飛ばす。市民は皆一丸となって楚軍と戦うと声をそろえる。
丹陽城では楚軍が城を包囲しようとしていた。だが魏章は楚軍の数が少ない事に気づき、景翠が兵を割いて藍田へ向かっていると推測。もしそうならこちらへ向かっている嬴疾(エイ・シツ)将軍の援軍は藍田に近い都・咸陽(カンヨウ)を守るため戻るだろう、ここへの援軍は見込めない。丹陽城を棄てるべきか…。この城が将来の秦の発展に必要不可欠の重要拠点であることを知るエイ華ははじめ城は守り抜くべきだと言っていたが、カン陽の危機を知ると自らがこの包囲網を突破すると申し出る。
[第三十三集]
嬴華(エイ・カ)将軍は丹陽城を出て楚軍の包囲網に突撃する。幾人もの楚兵を退けるがやはり多勢に無勢、やがて取り囲まれてしまう。見かねた魏章将軍は城を棄てて出撃する。用意周到に布陣していた楚軍が優勢だったが、そこへ嬴疾(エイ・シツ)将軍率いる援軍がやってきて楚軍を退けた。だが一歩遅く、エイ華将軍は帰らぬ人となった…駆けつけたエイ疾は従兄弟の変わり果てた姿に泣き崩れる。
エイ華将軍の悲報はすぐに恵文王・嬴駟(エイ・シ)の元に届いた。実の弟のように可愛がっていたエイ華の死にゆっくり悲しむ間もなく、景翠将軍率いる楚軍が咸陽(カンヨウ)に迫る。予想以上に早い進軍にエイ・シや張儀も市民に交じって城の前に防壁を築く。楚軍は芈原(ビ・ゲン)自らが糧秣を手配し届けているらしい。それを聞いたエイ・シは楚軍の糧秣を燃やそうと発案、趙戈(チョウ・カ)がすぐに向かおうとするが連れて行ける兵士がいない。趙カは市民から有志を募り、彼らを率いて楚軍の糧秣庫へと向かった。
楚軍営にいるビ原は魏韓が楚の二つの城に攻めて来たとの報せを聞き、戻って城を防衛すべきだと景翠将軍に進言するが聞き入れられず逆に捕縛されてしまう。楚王からも幾度も撤兵の命令が来が景翠は伝令をも捕えそのまま進軍を続ける。
いよいよ楚軍がカン陽城を攻撃。だがそこへ糧秣庫が燃やされたとの報が。王の命に背いたこの戦から撤退することは死も同然。景翠は悔しさの余り吐血し、撤退の命を出した…。
魏韓が楚から城を奪い、楚軍の士気は落ちている。エイ疾はこの機に楚を一気に叩くべきだとエイ・シに進言する。だが張儀は多くの犠牲を払った今出兵することに反対し楚と新たに講和を結ぶことを提言。それは関中の地を半分譲渡するという耳を疑うような案だった。亡きエイ華将軍が守って来た地を明け渡すなどと…それでは従兄弟が浮かばれないとエイ疾は猛反対し、エイ・シも二度とそのような事を口にするなと怒って出て行った。
張儀は密かに楚の使者と会い、今回の講和は秦王は承諾はしていないが検討してくれと頼む。戦に勝った国がわざわざ土地を譲渡してまで講和を提案してくるのかと使者は訝しむ。張儀は戦で傷ついていない斉国が最も脅威であり、秦と楚がこのまま兵力を削ぎ合っておれば斉が三晋諸国を取り込み攻めてくるのだと説くが、また土地をやるといって騙すつもりだろうと使者は帰ってしまった。
張儀がこっそり楚の使者と会っていた事を知りエイ・シはまた激怒する。そこへ楚の使者が面会を申し入れて来た。エイ・シは使者を通してやるが開口一番土地を譲るつもりはないと釘をさす。だが使者は、土地はいらないので張儀に楚へ来てほしいと言うのだった。楚王を騙した張儀を差し出せば講和に応じると…。エイ・シは秦の相国(宰相)を連れていくつもりかと剣をちらつかせて恫喝するが、張儀は自ら楚へ行きたいと申し出た。楚と講和するにはそれしかないのだ…。
張儀は自宅で酒を飲み、「蛇足」の故事のように自分は楚へ関中を差し出すなどという余計なことを提示したために却って身を滅ぼす事になったと嘆く。そこへエイ・シがやってきたとの知らせ…。


――秦国――
[A] 恵文王(嬴駟/エイ・シ)
秦の君主。
[B] 張儀
秦の相国。楚王に商於の地を譲ると言って騙したため恨みを買っている。
[C] 嬴疾(エイ・シツ)
秦の上将軍。エイ・シの異母弟。智将と名高い。
[D] 嬴華(エイ・カ)
秦の将軍。エイ・シの従兄弟(?)。猛将と名高い。
[E] 魏章
魏の公子で秦の将軍。先代・孝公の時代に魏が秦に敗けた際に人質として秦に預けられた。
――楚国――
[F] 懐王(熊槐/ユウ・カイ)
楚の君主。優柔不断で人の意見に流されやすい。
[G] 芈原(ビ・ゲン)
楚の左徒。反秦派の筆頭。
[H] 熊子蘭
楚の公子。ビ原と対立している。
[I] 屈丐(クツ・ガイ)
楚の老将軍。国境の丹陽城をまかされている。
[J] 景翠
楚の将軍。楚国一と言われる猛将。
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インホァアアーー!!!うわぁぁ第33話号泣・・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
まさかと思ったけど嬴華くん本当に死んじゃったぁ。すげーいい奴だったのに。若くてなかなかのイケメンな上にいい奴だったのに。ひどい…ひどすぎる…。
物語はいっそう堅苦しくなってる。笑いの余地なし。
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