御史台(監査院)中丞の王儒璋は知事に復帰した曹墨の様子を窺うためお忍びで湖州へやってきた。大洪水に見舞われたはずの湖州は意外にも早く復興の兆しを見せており人々の表情には活気があふれている。王中丞は部下の鄒少卿を伴い町の酒家で昼食を摂ることに。
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「主人よ、ここ湖州は今年天災続きだったろう、だがお前の所の商売は随分と繁盛してるではないか。」
「誰がそうでないと言いましょう(その通りですよ)!どんな災難だったか説明しなくちゃ。今年湖州はまず洪水その後には旱ばつで、天がみんな(我々の住む街を)ぶち壊しにきたわけですよ。」
「(お前の話は)おおげさだが災難だったな。だがお前はまだ肝心の所を話してないぞ。もし天が破壊しに来たというのなら、お前のこの店はなぜこんなにも賑わっているのだ。」
「貴方がた他所の人は知らないんだな。ある人が片手を伸ばして天を持ち上げて止めたのさ。(そうして)我々百姓はついに幾度の災害を乗り越え、安心して暮らし楽しく働けるってわけですよ。」
「ただのでたらめだろ。誰がどうやって天を持ち上げて災いを止められるっていうんだ(誰もそんなことはできない)。」
「貴方がたは何も知らないんだねぇ。まったく知らず湖州に来たんですかい?これが誰かわかるでしょ?」
と店主は左手を挙げて天を支えるような恰好をして見せる。

「お前の言っているのは、片腕のない知府のことか。」
「そうですよ。あなた、我らが曹知府を小さく見ては(あなどっては)いけませんよ。残ってる一本の腕で、(普通の)人よりも長くて丈夫な四本の腕があるような強ささ。」
「またでたらめを。長い四本腕だなんて人間かい?そりゃあ菩薩さまだよ。」
「その通りじゃ、曹の恩人様はまさにそうじゃ。我ら百姓の命を救う菩薩さまじゃ。」
「そうだちょうどいい。あたしが言っても貴方がたが信じないなら、この盲目の胡琴弾きに貴方がたに歌ってもらおう。」
「よし、一曲歌ってくれ。(一曲歌うのを)我々は聴こうじゃないか。銀子をやるぞ。」
「じゃああんたらの臭い(汚い)金を受け取ろうかのう。」
王中丞と鄒少卿は思わず顔を見合わせる。
盲目の老人は店主に支えられて彼らのテーブルに案内される。
「気を付けて、さあ。」
「わしは他の歌を歌う時は、一曲歌うのに銅銭三文じゃ。(しかし)曹の恩人さまの歌を歌う時はどこであってもびた一文受け取らぬ。」
「わかった。では我々は謹んで拝聴いたそう。」
「ようし。ではわしが一曲歌おう、みなさん聞いて下され。」

「甲子(きのえね)の年の話、湖州では、運河の岸部の何万本もの木が朽ち果てた。百年に一度の洪水は猛虎の如し、千年に一度の旱魃に(先祖の)幽霊も心配し現れる。一晩にして家は潰れ田畑は荒れ、見渡す限り荒地となりはて収穫はなし。百姓は日々苦しい生活に命がけ、ちょうど天が崩れ頭上に襲い掛かろうというその時、忽然と現れた救世主。
さあお立会いの皆さん、この救世主とは誰かおわかりかな?
それは恩人曹墨、曹さまだ。
話では曹さまは、十年寒窓の下勉学に励んだ状元(科挙の首席)の出身。その姿はたいへん品があり、百姓の為に心血をまた心血を注ぐのじゃ。」

「体には病残れど(※)その胸中には仏の心、一本の腕で多くの庶民を担ぎ上げる。湖州は天災に遭い民はすがるところなし、(それを)曹の恩人さまが民を水火の難から救ってくだすった。
さてお立会いの皆さん、曹の恩人さまがどんな妙策を用いて被災民に災害で荒れた年を乗り越えさせたかご存じかな?
それは"済糶法(サイチョウホウ)"。
済チョウ法とはなんぞや?それは援助できる者が貧しい者を助け、(穀物を)売れる者が売り出すというもの。各家庭を五等に分け、一等の裕福な家庭は援助を半分、売りを半分(強制し)、二等のお宅は売りだけで援助はなし、三等のなんとかやっていける家庭は売りも援助も(強制は)なし、四等の貧しい家庭は援助(生活支援)を半分もらい、五等の赤貧の家庭は全て援助してもらう。(こうすれば)裕福な家庭が穀物を集め(出し惜しみして)貧者が度々暴れだすということもない。これぞ、被災民に災害で荒れた年を乗り越えさせた済チョウ法じゃ!」
※曹墨が右腕がないことを指す
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残念なことに歌は胡琴の音で殆ど聞き取れないのだけど、こういう風に物語が語り継がれていくという当時の雰囲気が見えて特に好きなシーン。
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