皇帝は疲労で倒れた宋慈の母の元に宮廷医師を遣わしてくれた。心配いらないと言われ宋慈は安堵し、医師を見送りに出る。
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「宋提刑どのはどうやら私と話したいお話がおありのようだが。」
「いえいえ。卑職(わたくし)はただ太医どのに私に代わって聖上(陛下)に感謝と宜しくお伝えいただきたいだけでございます。」
「宋提刑どのが口にしたくないお話ならば、(私は)これにて失礼いたします。」
「…太医どの、わたくしはちょっとお尋ねしたいのです。聖上はこのごろはお体は健康で安定していらっしゃいますか。」
「つまり宋提刑どのが問いたいのは、聖上が何かの心の病がおありなのかということですね。」
「太医どのは(やはり)この大宋朝の名医の名にふさわしいお方ですな。」

「名医といってもただ体の表面に現れる病を診ることができるだけで、このような(心の)病はわからないのですよ。」
「これはわたくしが訊くことではなかったですね。太医どのどうぞ行ってください(お引止めしてすみません)。」
「しかし、とある案件がございましてな。今や宮中の秘密にしておけない事です。」
「太医がおっしゃるのは、聖上がしょっちゅう夜中に夢に脅かされる(悪夢を見る)事ですね。」
「どうやら宋提刑どのもすでに(この事を)お聞き及びのようですな。」
「何度か聖上が夜中にお目覚めになられて、お休みになれず、わたくしを宮中にお召しになってお話(相手を)したことが何度かあるのです。」

「それならば、聖上が何かの心の病がおありなのかどうかは、宋提刑どのは実際よくお解りだ。どうして在下(わたくし)にもお尋ねになられる?この老いぼれは幾十年と宮中の医局を司ってまいったが、このような体の病は全く聞いたことがない。ここにはただ一つも、実際(治す)方法がないのだ。この世には、百の病には百の処方(薬)がある。しかしこの病(悪夢を見る病)を治すことのできる薬はひとつもない。しかしこの話は言い換えれば、人であるからには、誰がちょっといらいらしたりしないだろうか(誰もがちょっとくらいいらいらしたりするものだ)。世の君主たる尊い聖上であっても、その苦難を免れようか(免れられないだろう)。
貴方も私も皆この大宋朝の臣下です、ただこの大宋朝の壁半分の国土(※)が平穏であることを求め、外敵がこの機に乗じ(て攻めてこ)ないようにするのみ。それこそが百姓たちにとっての幸せでしょう。その責務(国の平安を保つこと)を引き受けられないわけがありましょうか(→我らはその責務を全うするのみ)。宋提刑どのは聡明なお方です、わたくしが(これ以上)言う必要はございませんでしょうな。では失礼。」
「お気をつけて。」
※この南宋時代には国土の半分は北方民族に奪われているため、本来の半分の土地という意味。
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陰謀ものっぽくもうちょっと含みのある台詞かと思って訳してみたけど、
案外普通だった。
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