エゴキンマンについて、
わたし的にすごい転換点があった
エゴキンマンとはこちら
ここ2、3日、突如
あ、これがエゴキンマンか!!!って
知識からシフトしてはっきり認識できるようになった
今朝のノートから抜粋
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『焦りの気持ち』はエゴキンマンだった
なるべく早くできるようになりたい!
早く結果を出したい!
早く気づきたい!
ずっーーーーーーと抜け出せなかった
この一刻も早くっていう感覚
そこにあったのは
一刻も早く〇〇しないと、損をする
機会を逃す
っていう焦り
『早くできるようにならないと損するぞ
チャンスを逃しちゃうぞー!』
こういうのはエゴキンマンの声だと、
得た知識に当てはめてみても
でも、結局できるだけ早いほうがいいのはその通りじゃんってなってしまっていたのは
『過去に逃した楽しかったはずのこと、
受け取れるはずだった嬉しい気持ち、お金、未来へのチャンス
そういうものは一度逃したらもう絶対手に入らないんだ』
って言う強い思い込みがあったからだ
とくに時間はどんどん失われていくものだから
失った時間と機会はもう手には入らない
だからどう考えても
早いに越したことはない
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この考えがそもそもぜんぶ
エゴキンマンだったんだ
早くできていれば得られるはずだったもの、それが得られない、逃してしまったと分かったときの嫌な気分
これは変えることができないと思ってた
でも『変えることができない』って思ったことすらも、エゴキンマンの考えなんだって気づいた
前はわからなかった
『エゴキンマンに乗っ取られてる状態』が、
こう言うことなんだって
ストンとわかった気がした
何かをして湧き上がってくる感情
悲しいとか、怖いとか、さみしいとか
これは、ほんとうのわたしのものだ
だけど頭の中で浮かんでくる
自分への否定やジャッジ、損得の計算
これはエゴキンマンだ
どっちもネガティブなカテゴリーで
同じものだと思ってたからわからなかったけど
感情はどんなものも
わたしの内側からでてきたもの
でも頭の中で聞こえる否定はわたしじゃない
それはエゴキンマンで全く別のものなんだ





