僕は知子が大好きだ。愛しているといってもよいかもしれない。
知子と出会ったのは、多分、20年以上前のことで、それ以来、世の中も人の心もめまぐるしく変わっていく中で、でも僕には知子が必要だったし、今も必要だし、これからも必要だ。
しかしながら、出会いがあれば、別れがあるのが世の常なのであって、僕はこのまま続けることに、いささかの不安を感じてもいるのだった。
おそらくまだ10年ぐらいはこのまま続けることは可能だけれど、そうすることが良いことなのか、本当は今でも離れるのが遅すぎるくらいだったのではないか、いや本当にやっていけなくなるまで続ければいいのだ……等々、僕は日々自問しているのだ。
……
つまらん文章をを書いてしまいましたが、これは「知子の情報」というアプリケーションへの僕の想いです。
僕は「知子の情報」がまだDOS上で動いていた時代から使い続けている。このソフトはテキスト型データベースで、とても手軽にテキストベースで沢山の情報を管理できるのである。僕は日記を付けたり、蔵書を管理したり、必要な情報をストックしておくのに使ってきた。一つのファイルで沢山の情報を管理でき、検索も強力なので、非常に重宝してきたのである。テキストが基本なので画像などは管理できない(あれ、できるんだっけ?)のだが、僕はテキストさえ管理できれば充分なので、何の不満もなく、使い続けてきたのだ。
最近、知子の具合がおかしかったことがあって、それ自体はPCの再起動することで問題かったのだけど、今後が不安になってちょっと調べてみたところ、まぁ薄々知ってはいたのだけど、開発元はvistaや7や8への対応をしていないようなのである。それらでも一応動くけど、32bit機では使えなくて、8ではインストーラが使えないけど動作自体は問題ないようだ、という感じなのである。
当面はxpで使い続けるつもりなので問題ないのだが、やはり将来を考えると、不安を覚えざるを得ないところである。
ネットで検索すると、エバーノートに乗り換えたという方がそれなりにおられるようで、中には知子からエバーノートへのデータ移植を、コピペで地道にやっているという方がおられたり、スクリプトを作って一気にインポートしているという人もいたりする。
知子については、古き良きアプリケーションみたいな感じで語られていることが多く、あぁ、知子の時代も最終的に終わりを迎えようとしているのだな、との思いを抱かざるをえないのである。
でも、テキストさえ管理できれば良いという僕みたいなのにとっては、今でも知子は非常にありがたい存在で、できれば、今後も使い続けて行きたいと思うのである。
今となってはほとんど売れないだろうし、開発元が新しいOSに対応していかないのも、仕方がないことだろうとは思うけれど、何とかならないものだろうか。
他のソフトにデータを移し替えるのも大変だし、非常に残念だ。どうしたものか、と非常に悩むところである。
まぁ、どうぜ自分の過去のデータでしかないから、知子とともに、使えなくなっても、それはそれで良いのかもしれないけれど……。
昨日は、可児の鳩吹山へ低山ハイキングに行ってきた。だいたい思いつきで行くので、いつも出発時間が遅くなってしまう。
昨日も、可児川駅方面から、登り始めてすぐに、下山してくる人たちと何人もすれ違った。
こっちは登り始めたばかりで、それでも運動不足でハァハァいいながら登っているのに、降りてくる人たちは、僕たちよりかなり年配そうに見える人たちも、颯爽としたもんである。まぁ、だいたい下りの方が楽だけど(ただし、膝を痛めていると下りのほうが厳しい)。
休憩しながらゆっくり登っても鳩吹山の山頂までは1時間程度で到着できる。
ここからは美濃加茂市街を見下ろすことができ、遠くにはアルプスも望むことができる。低山としてはかなりの眺望なのである。ただし天気が良ければ。そして、昨日はあまり天気が良くなかったのは残念なことであった。
休憩していると、汗ばんでいた身体が一気に冷え切ってくる。途中で脱いだ衣類を着込んでもなかなか暖まらない。こういう時にコンロとコッヘルなどを持ってきていれば、暖かい紅茶なんかも飲めて、一息つけるのだが、何分思いつきで好い加減な支度で来ているので、冷たいペットボトルのお茶を飲むしかなくて、悲しい。次はきちんと計画を立てて来ようと思うのだけど、それがなかなかできないのもまた悲しいところである。
鳩吹山あたりは、それなりに道案内もあるのだけど、肝心なところがあまり親切でない気がする。まぁ、きちんとした地図を持っていかないほうが悪いんだけど、低山で誰でも歩けて、それでいて一定の登山気分を味わうことができるなかなか素晴らしいところなので、もう少し分岐分岐で案内がわかりやすいと良いのにと思う。
西山休憩所で、どうも違うルートで来てしまったようだという年配のご夫婦にあった。まぁ、それでも何とかなってしまう山でもあるけど、わたくしのように方向音痴だと、無限ループに陥ってしまう可能性もあるのではないかと、歩きながら思った次第でもある。
帰りは善師野駅に出たが、善師野駅前は、本当に何もない。何もないというのは失礼で、本当はりっぱな畑や民家はあると言わなければならないところである。喫茶店とか売店、コンビニがなくて、自販機1台しかないということである。寒空の下、震えながら電車を待つしかないのでした。

昨日はカメラを持って行かなかったので、これは2011年12月の撮った写真です。
手前の煙突と煙が若干景観を損ねていますが、遠くにアルプスも見えてます。
昨日も、可児川駅方面から、登り始めてすぐに、下山してくる人たちと何人もすれ違った。
こっちは登り始めたばかりで、それでも運動不足でハァハァいいながら登っているのに、降りてくる人たちは、僕たちよりかなり年配そうに見える人たちも、颯爽としたもんである。まぁ、だいたい下りの方が楽だけど(ただし、膝を痛めていると下りのほうが厳しい)。
休憩しながらゆっくり登っても鳩吹山の山頂までは1時間程度で到着できる。
ここからは美濃加茂市街を見下ろすことができ、遠くにはアルプスも望むことができる。低山としてはかなりの眺望なのである。ただし天気が良ければ。そして、昨日はあまり天気が良くなかったのは残念なことであった。
休憩していると、汗ばんでいた身体が一気に冷え切ってくる。途中で脱いだ衣類を着込んでもなかなか暖まらない。こういう時にコンロとコッヘルなどを持ってきていれば、暖かい紅茶なんかも飲めて、一息つけるのだが、何分思いつきで好い加減な支度で来ているので、冷たいペットボトルのお茶を飲むしかなくて、悲しい。次はきちんと計画を立てて来ようと思うのだけど、それがなかなかできないのもまた悲しいところである。
鳩吹山あたりは、それなりに道案内もあるのだけど、肝心なところがあまり親切でない気がする。まぁ、きちんとした地図を持っていかないほうが悪いんだけど、低山で誰でも歩けて、それでいて一定の登山気分を味わうことができるなかなか素晴らしいところなので、もう少し分岐分岐で案内がわかりやすいと良いのにと思う。
西山休憩所で、どうも違うルートで来てしまったようだという年配のご夫婦にあった。まぁ、それでも何とかなってしまう山でもあるけど、わたくしのように方向音痴だと、無限ループに陥ってしまう可能性もあるのではないかと、歩きながら思った次第でもある。
帰りは善師野駅に出たが、善師野駅前は、本当に何もない。何もないというのは失礼で、本当はりっぱな畑や民家はあると言わなければならないところである。喫茶店とか売店、コンビニがなくて、自販機1台しかないということである。寒空の下、震えながら電車を待つしかないのでした。

昨日はカメラを持って行かなかったので、これは2011年12月の撮った写真です。
手前の煙突と煙が若干景観を損ねていますが、遠くにアルプスも見えてます。
スカパー! が一部無料開放されているので、お昼頃にチャンネルをあれこれいじっていると、ポール・ニューマン主演の映画が放映されているのを発見。番組説明の題名をみると「脱」という文字が目にはいったので、「あぁ、『大脱走』かぁ。久しぶりに暇つぶしに観てみるか」ということで、途中だったけど、見始めたわけだ。
ところが、どうも話が記憶と一致しない。
「あれ、おかしいなぁ、こんな映画だったっけ? 俺の記憶って全くあてにならないなぁ」
などと思いながら見続けたのだけど、やっぱりおかしい。
ということで、もう一度番組説明で題名を確認すると、あれま、『暴力脱獄』という何だかB級映画みたいな題名の別の映画じゃないか。
考えてみれば『大脱走』は超有名な映画だし、いくら記憶に自信がないからといって、間違うような映画じゃないよな。すぐ気づけよ、俺。どんだけ自分の記憶に自信がないんだよ、って感じである。
で、映画は、B級映画みたいな邦題とはいえ、結構面白く、ポール・ニューマン扮する若者ルークが刑務所で看守に反抗し、脱獄し、つまかってもまた脱獄し、という、自分の思うまま、秩序や権力に反抗して生きざるを得ないみたいな、無様で、でも格好良くて、刑務所仲間の心を掴んでしまって、でも最後は……という生き様を描いていた。助演のジョージ・ケネディの存在感もすばらしい。
『明日に向かって撃て』にしても『俺たちに明日はない』にしても、『暴力脱獄』にしても、アメリカン・ニューシネマのアウトローものは、最後は主人公が殺されて終わってしまう。秩序や権力に反抗して、でも殺されるからこそ悲しくも美しく、語り継がれていくということなのかもしれないが、一方で秩序や権力という現実のどうしようもないほどの存在もまたきわだつような気がする。
たまたま、別の映画と間違えて、暇つぶしのつもりで観た映画だったが、良いものを観たという感じです。
そういえば、1月は一度もブログを書かなかったので、これが今年初めてのエントリ。
年が変わっても何かが劇的に変わるなんて事はないけど、何事も、少しずつ変化しているのもまた確かで、自分自身も、浮き沈みしながらも、ほんの少しでも(できれば良い方向に)変わっていきたいと思うところです。
ところが、どうも話が記憶と一致しない。
「あれ、おかしいなぁ、こんな映画だったっけ? 俺の記憶って全くあてにならないなぁ」
などと思いながら見続けたのだけど、やっぱりおかしい。
ということで、もう一度番組説明で題名を確認すると、あれま、『暴力脱獄』という何だかB級映画みたいな題名の別の映画じゃないか。
考えてみれば『大脱走』は超有名な映画だし、いくら記憶に自信がないからといって、間違うような映画じゃないよな。すぐ気づけよ、俺。どんだけ自分の記憶に自信がないんだよ、って感じである。
で、映画は、B級映画みたいな邦題とはいえ、結構面白く、ポール・ニューマン扮する若者ルークが刑務所で看守に反抗し、脱獄し、つまかってもまた脱獄し、という、自分の思うまま、秩序や権力に反抗して生きざるを得ないみたいな、無様で、でも格好良くて、刑務所仲間の心を掴んでしまって、でも最後は……という生き様を描いていた。助演のジョージ・ケネディの存在感もすばらしい。
『明日に向かって撃て』にしても『俺たちに明日はない』にしても、『暴力脱獄』にしても、アメリカン・ニューシネマのアウトローものは、最後は主人公が殺されて終わってしまう。秩序や権力に反抗して、でも殺されるからこそ悲しくも美しく、語り継がれていくということなのかもしれないが、一方で秩序や権力という現実のどうしようもないほどの存在もまたきわだつような気がする。
たまたま、別の映画と間違えて、暇つぶしのつもりで観た映画だったが、良いものを観たという感じです。
そういえば、1月は一度もブログを書かなかったので、これが今年初めてのエントリ。
年が変わっても何かが劇的に変わるなんて事はないけど、何事も、少しずつ変化しているのもまた確かで、自分自身も、浮き沈みしながらも、ほんの少しでも(できれば良い方向に)変わっていきたいと思うところです。
もし、どなたか、こんな私のブログを読んで下さっている方がおられるとしたら、どうもありがとうございます。
良い年をお迎えになることを、心より、祈念いたします。
良い年をお迎えになることを、心より、祈念いたします。
『片付けられない女のためのこんどこそ!片付ける技術』(池田暁子、文藝春秋)を読んだつれあいが、ようやく部屋を何とかしようと思うに至り(いや、自分のほうがむしろ散らかしているんだけど)、この年末、衣類を若干捨てて、今は本を処分する準備をしている。
断捨離も効かなかったのに、恐るべし、池田暁子。
ちなみに、うちの汚部屋度は75%は軽く超えているのである。
ということで、僕もその辺に散らかった本や、押し入れにしまったままになっている本を仕分けして、捨てるものは捨てようとしているわけである。
良くも悪くも僕の思想信条だとか、精神構造を作るのに一定の役割をしてきた本達や、暇つぶしになってくれた本達を処分してしまうのは、なんだか身を切られるような思いにかられる。僕たちにもっと甲斐性があって、自分たちの書斎なんかがもてるような広い家に住むことができていれば、押し入れに眠らせたり、果ては廃品として回収してもらうこともなく、小洒落た本棚なんかに並べておくことができたであろうに、という思いを禁じ得ない。
一方で、これらの本達によって形成された、僕たちの思想とか信条が、そうした生活を潔しとしなかったという面もあって、捨てられる本達にとっては、自業自得であったり、本望であったりするのかもしれないとも思うのである。
整理していると、中には1万円近くもするような本もあったりして、非常にもったいないという、みみっちい思いもまた、してくる。特に今は個人的にはほぼ無収入なので、よけいにそう思う。いったい書籍に幾ら費やしてきたのだろう。落ち目の時に本の処分をするもんじゃないな、とか思ったりする。
そして、かなり縛ったつもりだったのに、ほとんど部屋が片付いていなくて、明日もこんな作業が続くのかと思うと、うんざりする。
本に限らず、持ち物が多すぎる。
昔、スペイン内戦についての本で、アナーキスト革命家のブエナヴェントゥラ・ドゥルティについて読んだことがあって、明日の下着の替え一組とピストル一丁だけが彼の持ち物の全てだった、みたいに書いてあった。僕は痛く感動して、そんな風になりたいと思ったものだった。
それが、こんなに所有物にまみれているとは、なんたる堕落であろうか。
……なんてことも、思ったりする、年末の夜。
断捨離も効かなかったのに、恐るべし、池田暁子。
ちなみに、うちの汚部屋度は75%は軽く超えているのである。
ということで、僕もその辺に散らかった本や、押し入れにしまったままになっている本を仕分けして、捨てるものは捨てようとしているわけである。
良くも悪くも僕の思想信条だとか、精神構造を作るのに一定の役割をしてきた本達や、暇つぶしになってくれた本達を処分してしまうのは、なんだか身を切られるような思いにかられる。僕たちにもっと甲斐性があって、自分たちの書斎なんかがもてるような広い家に住むことができていれば、押し入れに眠らせたり、果ては廃品として回収してもらうこともなく、小洒落た本棚なんかに並べておくことができたであろうに、という思いを禁じ得ない。
一方で、これらの本達によって形成された、僕たちの思想とか信条が、そうした生活を潔しとしなかったという面もあって、捨てられる本達にとっては、自業自得であったり、本望であったりするのかもしれないとも思うのである。
整理していると、中には1万円近くもするような本もあったりして、非常にもったいないという、みみっちい思いもまた、してくる。特に今は個人的にはほぼ無収入なので、よけいにそう思う。いったい書籍に幾ら費やしてきたのだろう。落ち目の時に本の処分をするもんじゃないな、とか思ったりする。
そして、かなり縛ったつもりだったのに、ほとんど部屋が片付いていなくて、明日もこんな作業が続くのかと思うと、うんざりする。
本に限らず、持ち物が多すぎる。
昔、スペイン内戦についての本で、アナーキスト革命家のブエナヴェントゥラ・ドゥルティについて読んだことがあって、明日の下着の替え一組とピストル一丁だけが彼の持ち物の全てだった、みたいに書いてあった。僕は痛く感動して、そんな風になりたいと思ったものだった。
それが、こんなに所有物にまみれているとは、なんたる堕落であろうか。
……なんてことも、思ったりする、年末の夜。