「勝つことも負けることもあるとよくわかっているが、いつものように全力を尽くす」イゴール・ブロッティ(元セリエA得点王)
闘病を公表。おそらく癌などの命にかかわる病気なのだろう。この戦いに負けることは死を意味する。まだ58歳、彼の勝利を願わずにはいられない。
「勝つことも負けることもあるとよくわかっているが、いつものように全力を尽くす」イゴール・ブロッティ(元セリエA得点王)
闘病を公表。おそらく癌などの命にかかわる病気なのだろう。この戦いに負けることは死を意味する。まだ58歳、彼の勝利を願わずにはいられない。
また前回から1年以上が経過してしまった。時のたつのは本当に早いものである。
この1年もいろいろあったが、まあとりあえず先日7月半ばに、つれあいとともに木曽駒ケ岳に登ったのである。
木曽駒ケ岳は2,956mの高山である。低山ハイクをもっぱらとする私にとっては、久々の高山だ。
しかしながら、承知のように、菅野平バスセンターから、しらび平駅までバスが出ており、しらび平からロープウェイで千畳敷まで行くことができる。千畳敷はだいたい2,500mぐらいなので、そこから木曽駒ケ岳山頂までは、中岳を経由して行っても高低差は500mぐらいしかないのである。近所の低山を歩くのとそれほど体力的にはかわらない。この時期、近所の低山を歩くと汗だくになりとても大変なので、むしろ木曽駒ケ岳に登るほうが楽なくらいである。
とはいえ、このところの運動不足と標高が高くて酸素が薄いせいもあってか、はあはあ言いながら歩いたものである。
朝方の千畳敷では天気も良く、宝剣山や乗越浄土やそのあたりの山々や稜線も良く見え、富士山も上の方が見えた。下界は雲海で全く見えず、湖みたいに見えて幻想的だった。
乗越浄土~中岳~木曾駒ケ岳と、無事歩くことができ、ライチョウも何回かみることができた。アルプスの山々が良く見えるが、永遠の初心者としては、残念ながら山岳同定が全くできないので、どれがどの山か、ほとんどわからないのは悲しいところである。
帰りは別ルートから駒ヶ岳山頂小屋へおり、そこから中岳を登り返すか迂回ルートを行くか少々迷ったのだが、どうも迂回ルートは若干危険なようなので、来た道を帰ることにしたのであった。
途中、靴底が取れて応急処置をしてもらっている人がいた。私も一度靴底がはがれて往生したことがあったが、下山後の舗装路ではがれたので、まだよかったことを思い出したものであった。
さて、実は、木曽駒ヶ岳には25年ぐらい前に一度登ったことがあったのである。その時はつれあいや友人4名で登ったのであるが、乗越浄土まで行ったところで、天気が悪くなり、風は強く、ガスでほとんど視界がきかなくなり、残念ながら木曽駒ケ岳への登頂は諦めて引き返さざるを得なかったのである。今回は天気が良い中を登ることができて良かったなと思ったものである。
ところが、である。帰宅後ふと昔の日記に前回の木曽駒ケ岳行きについて、何か書き残していなかったかと思い探してみると、当時のことがある程度細かく記載されていたのだが、読んでびっくりである。
私の記憶とは全く違って、当時は天気は悪いながら、ちゃんと中岳から木曽駒ケ岳に登り、帰りは中岳をまく迂回ルートを歩き、迂回ルートはかえって危険だった、などと書いてあったのである。なんということであろうか。私だけでなく、私のつれあいも、以前行った際には乗越浄土までしか行けなかったとずっと思いこんでいたのである。記憶のいい加減さを、改めて思い知った次第である。
先日、たまたま落合博満のオレ流チャンネルで落合と東尾修の対談を見ていたら、東尾が落合にデッドボールを与えた際に、わざとぶつけられたと思って怒った落合が次の打席でわざとピッチャー返しをしたというエピソードについて語り合うところがあった。
東尾はそのように記憶していて、ずっと気にしていたようなのだが、実際にはデッドボールを受けた落合は救急車で病院に運ばれているので、そのようなことはありえないし、別にわざとぶつけられたとも思っていなかったことが明らかになる。しかし東尾はその話を聞くまで、そう信じていたようなのである。何度もTVでそのように放送されるのを見て、いつしかそう思い込んでしまったのである。
エリザベス・ロスタフなどの記憶研究でも、いかに容易に記憶が書き換えられてしまうかが明らかにされているが、私自身の記憶も、まったくあてにならないことを、改めて感じた次第である。
わたくしは山歩き(もっぱら低山や超低山であるが)を趣味とするものであるが、以前から、山歩きをするにあたって、体調的にいくつか問題を感じているのである。
遠方の山歩きに行くには朝早く起きていかなければならない。ところが日々の生活は午前2時ぐらいに寝て8時ぐらいに起きるという生活である。実際には晩御飯の後で30分~2時間ぐらいうとうとするし、朝は6時ぐらいに早朝覚醒してその後あまり眠れないことが多い。
こういう生活をしていると、山歩き前日に午後9時、10時に眠ろうと思ってもなかなか困難である。いきおい睡眠不足で山歩きをすることになる。
また、普段と起きる時間が違うことによって、便通に支障がでることが多いのである。いつもと違う時間にトイレにいっても、なかなかスムーズに出るものではない。いきおい便がおなかにたまったままの状態で山歩きをすることになるのである。
幸いいまのところ、山歩き中にどうしようもない便意をもよおしたことはないので助かっているが、体調的にはすっきりしないし、一抹の不安を抱えながらの山歩きになってしまうのである。
一応簡易トイレを持って入っているが、あまり使いたいものではないのである。
さらに、どうも山歩きをしていると、とりわけ後半に鼻水が止まらなくなることが多いのである。これも大変うっとうしい。
普段の生活から変えてかないといけないのであろうが、なかなかそうもいかないわたくしの現実もあるのであり、なかなか解決が困難である。残念なことである。
トレッキング愛知 豊橋自然歩道&三河の山・尾張の山というサイトがあった。
あった、というのは、少し前からアクセスできなくなってしまったからである。
ご自身で歩かれて、国土地理院の地図に記載のある愛知県の山をおそらく網羅して紹介するなどしていたサイトである。こんなサイトはほかに見たことがない。
作成者の方は、プロフィールによると、定年退職後に山歩きをはじめサイトもはじめられたとのことなので、それなりにご高齢であり、数年前から更新が止まっていた。闘病されていることもブログで書いておられたので、体調がおもわしくないのであろうとは思っていたが、閲覧自体は出来ていた。
どなたがかサイトの管理を引き受けて、データだけでも残していただきたかった。返す返すも残念である。
作成者の方は、サイト で紹介されているデータをご本にもされていて、頒布されていた。購入しておくべきであったと、非常に後悔している。
一時的な閉鎖であって、復活することを望んでやまないが、おそらくそれはかなわないことなのであろう。
様々な意味で、とても残念である。
先週某外科へ診察に行ったところ、よかった、やはり左下腹部のしこりは鼠経ヘルニアであったのだ。まず間違いないであろうと見当はつけていたのではあったが、素人判断である。もしかしたら悪性腫瘍で余命半年です、と言われる可能性もなくはなかったのである。
診断を受け、「手術するということで良いですね」、と医師に言われ、「したほうが良いですかねえ」、とつぶやいたところ、医師はムッとしたような感じで、「それは患者さんの判断です。どんな病気でも放っておいたほうが良いという判断だってあります。」とか言われた。
気持ちはわかるが、簡単な手術であっても不安はあるのであって、もう少し寄り添った言い方をしてくれても良いではないか、と思うのだが、まあ仕方ないのかもしれない。
そういうわけで近いうちに手術である。
そんなに難しくない日帰り入院の手術ではあるが、何も起きないという保証はないので、やりたいことはできるだけしておいたほうが良いのである。とはいえ、本当にしたいと思うことはあるようでないのである。
ということで、今日は低山ハイク、各務原アルプスである。各務原アルプスは各務原市と関市にまたがる低山地帯であり、関南アルプスとも呼ばれる。全縦走しようとすると、たぶん、わたくしどもの足では10時間ぐらいかかりそうである。それはとても無理なので、本日は、各務原自然遺産の森から、金毘羅山、明王山、迫間山、多賀坂峠、大岩不動、大岩見晴台、あたりを徘徊したのであった。
多賀坂峠から大岩不動へ一旦下ってから大岩見晴台へ上り返したのは予定外のコースであったが、大岩不動から大岩見晴台への急登ルートは、なかなか歩きがいがあり、本日一番の山歩きらしいところであった。
大岩見晴台には、「日本一眺めのよい大岩見晴台が復活」などと書いた黄色い看板が立っている。復活ということは、何かの都合で閉鎖されていた期間があったのであろうかと気になる。日本一かどうかはなんとも言えないところであるが、御岳山他、遠方に雪をかぶった山々を望むことができ、確かに絶景ではある。素晴らしい。ほかにも各所で素晴らしい景色が見られ、なかなか侮れないご当地アルプスである。
鼠経ヘルニアの手術が無事終わって治癒したさいには、ほかのルートもまた徘徊したいものである。