モヤモヤ ブラ 散歩~ルーツの地、そこは「はだかじま」!え?裸島?! | 新・迷って、悩んで、でも笑ったりもして…。

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不惑の40代などと言うものの、40代になってから「踏んだり蹴ったり」、「弱り目に祟り目」な日々…。
あれから幾年過ぎ、日々の一喜一憂を好き勝手にほざいてる次第です。

今年になって散歩(と言うより徘徊かも)ネタを、これまで自分が住んだ街を取り上げてみた。

大塚

西新井

新宿

西小山

恵比寿

蔵前

というラインアップ。

そのおまけとして自分のルーツ、父の故郷へ先日行ってきたので今回はそこを。

その地は「はだかじま」。

そうです、ここは日本の秘境で孤立した島。

住人は皆一糸纏わぬ全裸で暮らす裸族たち。

なんて話は無い!(失礼しました)

本当は「波高島」で“はだかじま”と読みます。

山梨県の山間地です。

山梨県と言えば、海無し県としても有名なのに何故“波”なのか?

何故、“島”なのか?

そう考える方も多いということで、この波高島駅前にはその由来を示す説明碑があります。

簡単に言うと、大きな富士川が流れるところでその流れが急流になる場所でもあり、また島には地域を示す意味合いがかつてはあったことからのようだ。

また畑が多く「畑ヶ島」という名が付いていたという経緯もあるような。

それにしても久しぶりにこの波高島駅に来たが、随分と縮小されてしまった。

このプレハブ小屋が駅です。

もちろん無人駅。

かつては、ここで吉永小百合主演映画のロケにも使われ、吉永女史が座ったホームの木製ベンチはすっかり今時のものになっていた。

「蒲田行進曲」でもこの駅は利用されたらしい。

そして駅の近くにある父の実家。

現在は叔父が住んでいる。

ただ、父が住んでいた頃は、また別の場所で別な家屋で住んでいたようだ。

 

この日は父の墓参り。

彼岸の時期は混むからと避けたら、あれよあれよと12月になってしまった。(苦笑)

まずは父の墓があるお寺へ。

そして墓地へ。

墓を洗い、花と線香を手向ける。

この寺からはかなり良い眺めが拝める。

それにしてもこの日は陽気が良く、12月の波高島の陽気とは思えないほど。

実際にこの土地にはまだもみじは紅葉し、

すすきは穂を揺らしていた。

思わず「すっかり秋ですね」と言いたくなる。(笑)

さて、もう1箇所へお墓参り。

ここは、父方の家系の墓がある。

祖父祖母ら先祖が眠る墓で、波高島の昔からある墓地。

ここは小さいながらも山の上にあるのだが、周囲に大きな山々が見えるので丘の上にみたいな感じになる。

山が有るのに山なし県とはいかに?なんてことを昔はよく言っていたが、まあ山ばっかり!

ここは山と川と道路と線路しか無かった。

しかしながら、現在は「中部横断自動車道」がこの村の上を通ることになり建設中。

昔は、国道を自動車と国鉄で電車が通るしか交通手段は無かったのに。

変わり行きます。

 

しかしながら、幼少の頃に見た景色がまだまだ残っている。

こんな生活排水用に作られた沢と木の板を組んで這わせた橋。

稲を干す景色も、(ちなみにこれガードレールの上に干してます!)

昔ながらの家々も。

また軒下に柿を干す光景も然り。

下掲画像の家は遠縁の親戚宅。

昔はこの村の萬屋、いやこの村にあるたった一軒のデパート・百貨店だったが、もうとっくに店は畳んだ。

 

ここはほとんどの人が兼業農家だ。

だから、田んぼや畑もまた多い。

畦道なんて、東京ではお目にかかることはまず無い。

そして川に架かる吊り橋。

でも、吊り橋もここ1つだけでそれ以外は自動車が通れる鉄筋コンクリ製の橋になっていった。

変わり行くもの、変わらぬ姿のままのもの。

どちらも混在して、この土地はこれからもゆっくりと時を過ごすのだろう…。

 

帰り道、足下に季節はずれのタンポポが…!

陽気がいいとは言ったが、12月も半ばだぞ。

どうした?波高島?!(笑)